髪とおとこのいのち


朱雀くんも春休みなので心置きなく私もだらだらできる。流石に春休みの宿題をやる朱雀くんがウオーーッ!!!わかんねーっ!!!って勉強してる横でだらだらするほど面の皮が厚くなかった。玄武くんに見てもらえるのに面倒見てもらうばかりじゃなくて自分でもやれるだけはやる!っていうところはとってもすてきだ。いつも力尽きてるけど。それに、結局行き詰まって「ここなんだけどよ……」って困った顔で聞かれたらすっかり忘れたはずの高校の勉強の知識を頑張って絞り出してしまうのは好きだから仕方ない。

高校一年の数学も化学もすぽんと頭から抜けて役立たずな私はさておき、頭脳明晰成績優秀な玄武くんの獅子奮迅の活躍のお陰で朱雀くんもとりあえず宿題からは解放された(新学期に実力テストがあるような気もするけどまあ朱雀くんのことだからそのまんまの実力で挑むのだろうか)。それをいいことにようやく訪れたお家デートで私は顎の下にクッションを入れてインスタの投稿に義務いいねをつける日課を行い、朱雀くんは漫画を読んだり少し先のお仕事のことを考えたりしている。

にゃこさんも体を丸めて尻尾を揺らし、前の誕生日プレゼントに朱雀くんがくれた空気清浄機はシューシューと謎の霧を吐き出している。アロマディフューザーとしても使えるらしいけどにゃこさんにはダメなものが多いからうちのは専ら水蒸気を吐き出すばかりだ。

「そういや名前、髪伸びたなあ!」
「ああ、そうかも……」
スマホから視線をあげた朱雀くんの言う通り、切るタイミングを逃してしまって肩甲骨を覆うくらいに髪が伸びた。毛先も大分傷んだし切らないとなあ。髪のプリンは幸い一度染め直したから目立たないけど。新年度だし、思い切って髪を切るのもいいかもしれない。

「んー来週切りに行こうかな」
「えっ!」
「髪乾かすの時間かかるし、傷んできたからこう、バサッといっちゃおうかな」
手でバサッと!とやってみせると朱雀くんは眉を寄せてせっかく綺麗に伸ばしたのにもったいねえなと言う。
「でも毛先がばさばさになってるからいっそ朱雀くんくらい短くしてみるのもアリかも。襟足長くしてるしそのくらいなら私でも違和感なく……」
「……ほんとに切っちまっていいのかよ?」
「えーなんで」
匍匐前進もどきでソファに座る朱雀くんに下からにじり寄ると朱雀くんは露骨に狼狽えた。髪を切りたい私とは反対に朱雀くんは役作りのためにちょっと伸ばしてるそうなのだけどたまに視界に入って鬱陶しくなるらしく、今日は適当に結んでいた。うしろで適当に縛っているのが鳥の尻尾みたいで新鮮でそうしてると思わず見てはいつも視線に気づかれ居心地悪そうにされる。

「……」
「えっノーコメントなの」
朱雀くんは毎朝こだわって髪をセットするけど私は一分一秒でも長く寝ていたいし(朱雀くんもそうだろうけど)髪だって朱雀くんみたいに手で伸ばしたらまっすぐになるわけじゃなくてどっちかというとふわふわに広がるから自分でするケアだけじゃなくて定期的に美容院のトリートメントでケアしてもらってちょっとでも手をかける時間を減らしたい。不器用だし。

「だってめんどくさくない?髪の毛セットするの」
「そりゃあ楽じゃねえけどよぉ……」
ソファにずり上がって詰めて座って、朱雀くんの長く伸びた襟足を軽く引っ張った。特別な手入れはせずそのまま伸ばしてるそうで次の仕事は伸ばした地毛に付け毛を足すとかなんとか前に言ってた。派手できれいで羨ましい。
「痛えよ」
「あっごめん」
本当に嫌そうじゃなくて、優しい声で困った顔をしてる。こういう時彼女なのに朱雀くんのなかではニガテな女子っていうカテゴリに入れられてるんだなあって思うし明るいとこで接触するのはいつもすごい恥ずかしがられる(暗いとこだといつもより全然オッケーだし向こうから来るのに!)。懲りずに毛先を眺めていたら今度は私の髪の束を軽く引かれた。なあに?と聞いても返ってくるのは微妙な返事なので放っておいて雑誌を開く。髪を手のひらに乗せられているのがわかり視線も感じる。すごい枝毛があったのかな。なんだか気まずい。

「こんなに綺麗にしてるのにもったいねえなあ」
予想とは異なり朱雀くんはまたそう言って私の髪をすくっては落とし、すくってはまた肩に落とすのを繰り返した。そんなに褒められるとどんな顔をしていいかわからないし、私は朱雀くんの紅い髪の方がよっぽど綺麗だと思う。
「だって髪まとまらなくてぼはぼはになるし」
「それくらい結んでやるからそんな顔すんなよな」
ゴムならあるしなあ!朱雀くんが拗ねた私を見てにかっと笑う。言葉の通り朱雀くんの右の手首に素っ気ない黒いゴムが引っかかっている。暴れてよくなくすから予備らしい。朱雀くんがまた私の髪をすくってから手を離し、髪ははらりと重力のままに落ちた。

ほんとは自分の髪は朱雀くんみたいに綺麗な束にならないし乾けばすぐに膨らんじゃうからあんまり好きじゃない。けど朱雀くんがそういうなら適度に揃えるだけにして長めを保ってもいいかなあ。すぐ絆されるのは惚れた弱みなのでもう諦めてる。

朱雀くんはもう一度私の髪を持ち上げて、こないだカフェパレードの水嶋咲ちゃんにやられたのだとかいう凝った編み方を思い出しながら進めていった。最初の方は力がこもって固く編まれたところと考えながら編んだゆるいところが混ざっていて不恰好だけど、必死になって私の髪を扱う朱雀くんは見てて嫌じゃなかった。ありがとう、って言うかわりに紅い髪を軽く引いた。私と違う鮮やかでつるっとしていて暗闇でいつも嗅ぐのと同じ男の人のいい匂いがした。


*前次#

TOP