うそつきSS


>>北斗、笑いながら

「嘘つき」
絶望的な状況なのに笑ってしまった。仕事終わらなかったよと名前さんはなんてことないみたいに言った。名前さんの向こうの喧騒が耳障りだ。いつもそうだ、仕事が終わらないの、ごめんプロジェクトが広がるから期間が延びるみたいって名前さんはいつも「今度日本に帰るからね」という約束を自分で破る。嘘つきですね、と繰り返した唇は自然と弧を描きそれに名前さんはごめんねと言った。日本は日付の変わる前、名前さんのいるところとの時差を計算しようとしてやめた。名前さんがこの時間にかけてきたなら時間関係なく名前さんの都合のいい時間なのだろう。俺の年上の恋人はいつだって忙しくて仕事に一生懸命で、俺のことは二の次になる。
「帰ってくるって、言ったのに……」
未練がましい、甘えた声が出た。俺の恋人の名前さんは俺たちが前の事務所をやめる少し前から海外転勤になっていて、一年したら帰るって言ったのに仕事がどんどん大きくなって俺たちが新しい事務所に来て結構な時間が経ったのにまだ帰ってこなかった。
一年目の夏、もうすぐ彼女が帰ってくるのを楽しみに待っていたのに名前さんはごめん、帰れないって言って俺たちもちょうどインディーズでの活動に手詰まりを感じていた時でもあって俺は結構名前さんに当たってしまった。そのあと新しい事務所に入って活動が安定して来た頃になっても名前さんは帰ってこなかった。流石に我慢を超えて、写真集のためにニューヨークに行ってそのついでに名前さんに会いに行った。次は絶対約束守ってくださいという俺の言葉に名前さんは渋々頷いた、なのに。
「あなたは、どこまでも俺を……」
言葉に詰まって電話を切ろうかと思った。好きなら、俺の恋人でいてくれるなら、俺をいちばんに思ってほしい。名前さんは忙しいから常にそれは無理だとさすがにわかってるけれど裏切られ続けては心も弱る。
「ごめんなさい、また電話します。おやすみなさい」
何を言ってもわがままになるから諦めて通話を切った。ため息をつく。次に会えるのはいつになるんだろう。
「どこまでも、何?」
暗がりから聞こえた声にぎょっとして振り返るとライトをつけたスマホを掴んだ手が半開きのドアから出ていた。
「雑巾ある?キャリーケースのコロコロのとこ拭きたいんだけど……」
「どうして、」
「北斗くんが次こそ絶対帰ってきてって言ったんでしょう。次約束破ったら死にますってくらいの顔してたから帰ってきたのになんでそんな顔するの」
名前さんがシャワーを浴びてセットもしてない髪を見て寝るとこだった?ごめん私も片付けたら寝るから先に寝て。と言う。
「仕事終わらなかったんじゃないんですか」
「終わらなかった!でも流石に恋人もいるんでそろそろ日本にも戻らせてくださいって言ってプロジェクトごと持って帰ってきちゃった。必要なものはあるし」
しれっと事情を明かす名前さんに本物だ、と思った。こんな変な時間に帰ってきて何も用意できてないし、重いキャリーケースを引きずって電車を乗り継いで帰ってこなくても言ってくれれば空港に迎えに行ったし、そもそも帰ってくるとわかりにくい話し方をして……黙ってる俺を不審に思った名前さんは怒ってる……?と俺の顔を伺う。
「嘘つきだなあと思って」
笑っていいのかわからないけど、名前さんがあまりにも困惑しているので笑ってしまう。笑いすぎて涙まで出てきた。あなたが帰ってきてくれて、本当によかった。


>>雨彦、怒りながら

「たいした嘘つきだな」
雨彦さんの冷たい目が私をひたと見つめている。
机の上に並べられた証拠の品でパン、と机を叩く。こ、怖!誰かに助けを求めようにもここは密室、そもそも雨彦さんの191センチのボディしか見えないのだ。
「俺が気づかないと思ったか?……心外だな」
美人モデルがにっこりと微笑む表紙、プロポーズされたら!ホニャララ!どこを削ってどこはお金かける?とかお互いの両親も満足される式に、愛が深まるピンクの婚姻届はいかが?などなど。言い訳をさせてもらうと豪華付録の印鑑ケースが欲しかった。その前の月のは、ゴミ袋ホルダーが好きなブランドとコラボしてたから買った。そもそも雨彦さんの以前のお仕事がこの雑誌でも取り上げられてたから買ったのが始まりだ。それから付録にはまって飛び飛びに買って溜まって雑誌まとめて捨てようと思ってて捨て損なったところで部屋に来ていた雨彦さんが発見、尋問中だ。
「うっ嘘なんてついてないです!付録がほしくて……」
「ピンクの婚姻届が、か?」
「ピッ!?」
雨彦さんが表紙を開くとまず、切り取り線があってそこにあるはずのピンクの婚姻届がなかった。どうして!?慌てる私をよそに怒りを隠しきれない雨彦さんの声が追い打ちをかけた。
「誰と出した?」
「だっ出してません!ここしばらく役所にも行ってないです!」
浮気を疑われている!雨彦さんと付き合ってて、そのくせ他の男をキープしていて入籍、それさえも隠して雨彦さんを愛人扱いをしている女だと思われてる。雨彦さんの目は真剣に怒ってた。激怒して当然だ。でも出してない、出す相手は今のところ雨彦さん以外にいない。
「酔っ払って2人でふざけて書いた、とかでも有罪だからな」
「書いてないです!」
思い出せ、何で無くしたのか?酔っ払って連れこむような男もいない。勝手に雨彦さんの名前を入れる度胸もない。買ったのは先週の木曜日、駅前の書店で帰り道……
「ああっ!」
「言い訳でも思いついたかい」
「爪、切りました!新聞紙の代わりに下に敷いて!」
雨彦さんは眉間に皺を寄せてそんなことを言ったけど私の弁解には?と怪訝な顔をした。
「爪切って、そのままくるんで捨てました!あ〜すっきりした」
雨彦さんは私のさっきまでとは一転して明るい顔にさっきまでの怖い顔をやめてまた雑誌の切り取り線を見た。
「……切り方が雑だな」
「爪切るだけなので適当に破っちゃって……」
雨彦さんがはあーってため息をついてそのまま並べられた雑誌に倒れこむ。
「きら」
「嫌いになんてなりません!絶対!それに私だって雨彦さんが他の女のひととピンクの婚姻届出したっぽいってなったら怒り狂います!」
「……ありがとうよ」
雨彦さんは息を大きく吐いて、そのまま顔を上げなかった。全然恥ずかしがるようなことじゃないですよ。あんな疑惑が浮上したら真剣に怒るのは当然だし、怖かったけどすごくかっこよかったですよ。私のフォローに雨彦さんは「勘弁してくれ、悪かったよ」と余計に困っている。


>>恭二 淡々と

「……嘘つきだな」
「恭二くんも嘘ついてるじゃん」
リザルト画面のテレビを見たまま恭二くんがそう言って私は気まずくなってお茶を飲んだ。2人でやってるのは格闘系のゲーム、私がやばいやばい温存ない!と嘘をついて最後にためていた分陣営で全部ぶちまけて優勢だった恭二くんに逆転勝ちをしたので。
「真面目な顔して嘘つくよな、あんた」
「き、恭二くんは表情変えずにめちゃくちゃ嘘つくくせに〜」
「戦略だろ」
「私だって戦略です!」
広げられてたお菓子を1つつまむと、恭二くんが俺にもと言うので自分で取りなよ!って怒った。あ、って口を開けてコントローラーを手放さず待ってるので悔しいなあと思いながら素直にあげちゃう。鳥に餌あげるみたい。
「これうまいな」
「無印。これね5個しか入ってないんだよ」
「へえ……」
いちごにチョコがかかってるこれは手がベタベタしないから食べやすい。ウエットティッシュで手を拭くと恭二くんがステージ選択をすでに終えてて次のバトルが始まる。
「あっずるい!私ここ相性悪いやつじゃん」
「特訓になるだろ」
特訓とかいって恭二くんのキャラとは相性がいいのでサクッと負けてしまうに違いない。
私はもともとゲームするタイプじゃなくて最初は恭二くんのを見てるばっかりだった。酔うから建物作るのも、レーシングもできなくて1人で戦うRPGはすぐ死ぬからこういうバトル系ばっかり。
「これ終わったら昼食べに行くか」
「あーもう瞬殺余裕だからって勝ち逃げするんだ!」
予告通り恭二くんはちょちょいと私を連続攻撃からの必殺で倒してしまう。あーあ、落ちやすいステージと私のキャラは相性がよくないのに!恭二くんはさっさとポーズ画面に切り替えて自分の上着を取ってきて私に着せる。
「恭二くんのじゃん」
「俺は寒くないし」
私が着るには派手すぎる上着、恭二くんの御用達ってファンにはバレてるんだからたまには違うの着ればいいのにって言っても俺はこれがいいって言って聞かない。
「何食べたい?ラーメンとか……」
「円城寺さんのとこ?そしたらタケルくんいるかな。恭二くんにハメられた!ってチクれるね」
「それ絶対言うなよ」
恭二くんの顔が不自然に引きつって玄関で靴を履く。外の空気は確かにあったかくて上着は私もなくても良さそう。恭二くんが鍵を閉めようと待ってるから部屋には戻らないでそのまま出た。私には似合わない派手な色の組み合わせ、でもまあ近所に行くだけなら問題ないか。

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