たれつまむ撫子の花


>>大神×カンナ前提、若干の百合

「私、カンナさんといるとどきどきするの」
名前が不意にそんなことを言うからあたいは目を剥いて名前の顔を見た。衣装部屋で次の公演で着るやつを探しているところだった。

「あった、カンナさん、これでしょう」
「おっ……おう、それそれ。いやあ、助かった」
黒地に金と赤の光る騎士服。名前が持ち上げると大きすぎて床に引きずるくらい。名前はまだまだ子供でそれも娘役だから当たり前だ。名前が着る予定の青いドレスはとっくに見つかって目立つところにかけてあった。腰なんてあたいや隊長の手で掴んだらひとまわりできちまうくらい細い。舞台に立つには演技はまだまだ、戦うことだって失敗しちゃあべそべそ泣いて余計に怒られてるようなやつだ。でも色が白くて髪は黒いのに目の色が薄いところなんてお人形みたいにかわいくていざとなったら仲間のために本気になれる。芝居のほうは娘役として入ったのにあたいにもよく懐いてカンナさんカンナさんってことあるごとに呼ぶもんだからあたいだって悪い気はしなかった。子供は好きだ。子供にはよく好かれるし、大事にしてやりたいなあとずっと思っている。名前は舞台を観にきてくれる子供よりは年が上だけど純真でかわいくてずいぶん子供扱いした自覚はある。

「カンナさん、お履物はどれにするの」
「あー黒い皮に金の留め具のやつがあったと思うんだけど」
「長いやつ?ならきっとこれだわ」
名前の背中に流された髪が揺れて薄暗い照明の光を浴びた。見つけた靴を拾ってあたいのとこに戻ってくる。しゃがみこんであたいを見る目はやっぱり、そうだった。疑いようのない気持ち。あたいはごめんって名前に言った。あたいにはあの人がいるから、ごめんって。名前は舞台でやったら怒られるくらい小さい声ではい、と言った。

ステージの心がぱあっとなるようなあの強い光を浴びても名前はきれいだけど薄いオレンジ色の光は名前をよりいっそう儚げに見せる。次の演目は「青い鳥、反転」という以前にもやった青い鳥をもとにした違う話をやる。青い鳥を追い求めるんじゃなくて主役の名前が青い鳥としてあたいの演じる黒衣の騎士を追い求めるという話だった。名前は決まった時にカンナさんが相手なんて嬉しいです!って目をキラキラさせて喜んでマリアを若干へこませた。名前をここまでの”娘”にしたのは劇場に右も左もわからないような状態でやってきた名前を手取り足取りそれこそ恋人にするみたいに優しく教えたマリアだ。もちろん名前はマリアやほかのみんなのことも大好きだけど。

「カンナさん、私……カンナさんのこと大好きだったの」
「名前」
「隊長のお嫁さんでも、カンナさんのことが好きだったの」
名前はあたいの首にかかった銀の鎖を見つめていた。その鎖の先に銀の輪っかが引っかかっている。身を固めたんだから大人しい格好にして指輪も普通にしようかと思ったけどやっぱりあたいはあたいらしい格好が一番だと言われたのと、指輪した手で拳を握ったらへこみそうだからやめた。あの人のチケットを切る左手には同じ銀の指輪があって、たたかう時手袋をしててもそこにある。あたいが舞台や戦うときだけ服の中にしまっているそれは、今は私服だから眩しく胸元で光っている。

「カンナさん、隊長以外にあんまり優しくしちゃだめよ。みんながあなたがすてきで、優しい女のひとだと知ったら……私みたいな人が、隊長よりいい男がカンナさんに言い寄って隊長、捨てられちゃうかもしれないもの」
あの人のことを好きな団員はたぶん、他にもいた。あたいたちの関係を、結婚を心から喜べなかったやつだっていただろう。あたいはいつかの昔、あの子が婚約するかもしれないと知った時にあの子の幸せを喜んでやらなくちゃあといったことを少し後悔している。あの子があの時のあたいの言葉を知ったなら、今度はあたいのことを祝福するしかなかっただろうから。でもあの赤いリボンと強い目は、あたいたちの結婚を間違いなくあの日、祝ってくれた。

でも、あたいのことをこうやって好きだという娘がいるなんて思ってもみなかった。ある時マリアに変わって就任した華撃団の隊長をみんな形は違えど慕い、心の柱にして戦っていた。名前もそうだと思ってたよ。名前はあの人とめちゃくちゃ親しかったとかいう覚えはないけどよく構われてたから。あの人は皆に平等に優しくて、でも自分より後から華撃団に入ってきて弱っちくてかわいくてよく泣くけど頑張り屋な名前のことは特別可愛がっていたと思う。名前はあの人が巴里に行く時に泣いてたから名前だってあの人を慕ってたのは本当だ。それに、もし団員の誰かを好きになるとしてもマリアだと思ってた。

「私、隊長がカンナさんといると楽しそうなの見るの好きよ。でも、カンナさん、カンナさん……私……」
堪えきれず薄い色の目からぽたぽた涙を垂らす名前を見てられなくてぎゅうと抱きしめた。あたいだって名前が好きだ。でもあたいの命はずっと前からあの人に預けてて、この指輪がある限り、いやたとえこれが壊れたって、あたいはあの人に支えられて、あの人の支えはあたいがやって、そうやっていきていく。あたいはあの人の、嫁だからこれからずっとそうやっていきていくんだ。それが夫婦ってもんだから。名前、ごめんよ。あたいはあんたのいちばんかもしれないけどあたいはあんたのいちばんになってやれないんだよ。

あたいに縋り付いてシクシク泣いてた名前が首の鎖にそっと触ったのであたいはちょっと体を硬くした。引きちぎられて、投げ捨てられるだろうか。名前は、そんなことしないとわかっていたけど泣き疲れて焦点の合わない名前の目を見るとちょっと不安になった。
「私にはお芝居があるわ。たたかうことも……」
「ああ」
「お芝居ならカンナさんを好きでいられるの。世界でいちばんカンナさんのことを好きでいられるの……カンナさんのために、カンナさんのいる帝都の平和を守るためなら、戦えるの」
「そうか。あたいも、名前とお芝居やってる時、名前のことがいちばんすきだよ。それで、あたいも名前のいる帝都のために戦うんだ。何をするんだって名前がいなくちゃ始まらないよ」
「カンナさん……」
名前が痛いよおと泣いていた。いつも戦う中で怪我をしたり失敗したり、舞台でも振りやせりふを間違えて怒られてはべそべそ泣いて、泣いてできるならいつまでも泣いていらっしゃい!と怒られてまた泣きながら噛り付いている。怪我なんてしてないのに名前は心臓を抑えて痛い痛いと泣いた。ごめんよ、あたいはそれをなおしてやれないんだ。涙に濡れた名前の薄い色の目があたいの指輪みたいな色に光っている。


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