親睦を深めましょ
事務所のソファに彩の九郎さん、フラッグスの一希さん、レジェンダーズの想楽さんが座ってなにやら静かに盛り上がっていた。なんの話をしてるのかしら。文学や芸術に造詣が深い3人が繰り広げる話題なんて皆目見当もつかず、一休みにどうかと思ってお茶を入れて湯呑みを3つ用意した。お茶受けに先日取引先からいただいたお高いカステラも出した。わたしやプロデューサーさん、賢ちゃんや社長ばかりが食べては勿体無いと思って。事務所には元気のいいアイドルが多くて、暇を持て余す事務員としてはよくその方々のお話を聞くのでたくさん話すと喉が乾くしお腹が空くものだと知っていた。
「お茶どうぞ」
「ありがとう」
想楽さんの手元にあったのは美術館の新しい展示のチラシ、一希さんの膝には新しいお仕事の台本、九郎さんは小さい巾着を机に載せていた。
「お話、盛り上がってましたね」
「すみません、騒がしくして……」
「いえいえ、珍しいなあとは思いましたけど」
3人は顔を見合わせて名前さんにも聞いてみる?みたいなやりとりをした。女性に聞くのは……でも名前さんは結構気にしなさそうじゃないか、それはそうかも……わたしはなんだか居心地が悪くてお盆を抱えたまま視線をあっちこっちに逸らした。わたしは年齢については秘匿している身だけどみなさんよりは年がだいぶ上である。想楽さんに前会話の中で「名前さんって雨彦さんクリスさん世代?」となんてことなく聞かれてしまったこともある。いや流石に雨彦さん世代では……クリスさんより年下です……ともぞもぞしてしまったので大体見当つけられてバレていそうだ。
「それがですね、人前で食べにくいものの話をしていたんです」
「ん?」
九郎さんが気まずそうにそう言って想楽さんと一希さんもそうそう、と頷く。
「人前で食べづらい、とは……」
「綺麗に食べにくいとか家ではこう食べるけど人前ではちょっと……ってなるものの話をしていたんだ」
「マ、マニアックですね……想像つかない世界の話です……」
「名前さんはありませんか、そういう上手く食べられないとかいうもの」
それで女性に聞くことでもないとかいう流れになったのか。なるほど、みなさんにはいちおう心配してもらったものの私は高校生の皆さんともへんなノリの話をし、大人の皆さんともあまり若い子には言えないあけすけな話をしてはプロデューサーさんに慎みを〜と叱られる身である。人前で食べにくいもの。考えたことがなかったなあ。
「納豆……とか……?匂いとかありますし一粒ずつ食べるのもみっともないような気がして……」
「あー、九郎先生派」
「?」
「私はパンが苦手で……もちろん味が嫌いとかいうわけではなくて、食事についてくる硬いパンは千切ってもくずが落ちますしかといって食いちぎるわけにも……」
「なるほど……想楽さんと一希さんは?」
「僕は手羽がいやかなあ。骨に肉が残るし両端とかどう食べていいのか困る。家だと掴んで食べられるんだけどね……トマト煮とかだとトマトのソースもすくいにくい」
「ああ、手が汚れる系」
「おれは蛤が困る……汁に入った貝から身を剥がす時に一手間、貝柱が残ってしまうとそれもなんだか勿体ない」
「い、色々あるんですねえ……」
名前さんはもっとないの?あるでしょと想楽さんに迫られて私はうんうん唸った。一希さんと九郎さんは喫茶店やホテルとかでちょっと重たい食器が出てきた時が緊張する、フォークをうっかりとり落してチン!と大きい音が鳴るのがいたたまれないだの我々にはもう我々には白米しか残ってないだの盛り上がっている。
「カレー……」
「カレーがどうしたんだ?」
「うわっ冬馬さん」
うわってなんだよ、と冬馬さんは顔だけをしかめ、カレーがどうかしたのか?と聞く。話題が話題なので4人して慌てて取り繕って、冬馬さんは事務所に忘れた上着を取りに来ただけのようでハンガーにかけてあった上着を着るとまた事務所のやつらと作るか……とカレンダーを見て出ていった。それを見た想楽さんはそういえば今年は、何になりそう……?と若干青ざめて私に聞いた。2年前を思い出しているのだろうが、残念ながら例の日については完全にプロデューサーさんも私も毎年突然告知される側なので何も教えられることがない。
「それで、カレーのどこが困るんだ」
一希さんはカステラの紙を器用に剥がして私に尋ねた。九郎さんたちもいただきますね、とそれぞれカステラを口に運ぶ。カステラもべたべたして食べにくいといえば食べにくかったな。
「カレーライスのライスが、最後すくいにくくて……」
「それは名前さんが不器用だからじゃない?」
「そっそれ言ったらみなさんのも全部、不器用だからで完結しちゃうじゃないですか!」
「カレースプーンを新しく買ったらどうですか。この間事務所で出したとかいうものをいただいたのですが平たく作られていてすくいやすかったですよ」
「ああ、縁のカーブが無いぶんすくいやすそうだったな」
「あ、あと!ナンも食べにくいです!つけて食べるのかすくうのかとか……まず上手にちぎれないのもあるんですけど」
「名前さん、割と不器用なんですね……」
「一希さんまでそんな……たしかに不器用ですけど」
結構大きめの一切れだったのに皆さんカステラを食べ終えているのでウエットティッシュの蓋を開けて渡す。
「人前で食べにくいもの、結局は練習するしかないのかな」
「会談の場で粗相をするわけにはいきません、私も……食器の扱いからまた練習せねば……」
「九郎さん、熱心ですね」
「おれは名前さんでも使いやすい食器を探しておこうか」
「わ、私ですか!」
「そうだよねー名前さんが一番不器用だから」
お二人とも楽しそうにからかってくるし、九郎さんまでも流れに乗り、笑いをこらえて一緒に小豆運びから練習しましょうねと言った。
「カステラ、あと一切れずつ切りますからこれでこの件はお納めいただけません……?」
皆さん人に言いふらしたりするような方ではない分、うちうちにしばらくからかわれる予感がして黒地に金のカステラ箱を掲げた。
「ちょうどよかった、まだ食べられるなーと思ってたところだったんだよね」
「ザラメのカステラ、久しぶりに食べたな……」
「お茶、二杯目でよければ入れてきましょうか」
冷や汗タラタラの私をよそに3人それぞれしれっとして2つ目のカステラが切り分けられていくのを眺めている。わ、私の方が結構年上のはずなんだけどなあ……
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