無病息災に勝るものなし
>>生理ネタ注意
「いたぁい……」
名前の死にそうな声がリビングから聞こえて、俺たちは顔を見合わせて靴を脱ぐのもそこそこにおしかけた。
「名前、薬は」
「飲んでない……」
こたつに肩まで入って身を丸めているらしい名前は顔色も悪いし目が回るの、と言って顔をしかめて目を閉じたままだった。しゃがみこんだ玄武が額にかかる前髪を払ってやって尋ねるもご飯食べてないから飲むと胃荒れるし……飲みすぎるのもよくないって聞くし……と死にかけの返事が返ってきた。
「んなこと言っても痛み止め飲まなきゃどうにもならねぇだろうが……」
「痛いときに我慢せず飲めって言われてんだろ?」
「うう〜〜ん」
俺にまで痛いところを突かれて名前はもぞもぞとこたつ布団の中に逃げようとした。その動いたのがまた痛みを誘ったらしく「痛……」と小さい声が布団越しに聞こえた。
「馬鹿、水分とってなんか腹に入れてさっさと薬飲め……ったくいちばん痛いときに飲まねぇでいつ飲むんだ」
玄武が呆れながらも冷蔵庫を漁りだしたので俺はこたつ布団の中に消えた名前をなんとか呼び戻してポカリを飲ませることにする。玄武も言い方は全然優しくねぇけど名前が月に一回こうして具合が悪くなるのをちゃんと覚えていて毎回名前から死にそうとラインが入った時にはすでにポカリ、栄養補助食品、よくあったまるカイロにそのほか諸々を入れたレジ袋を持って待機している。4週間周期だから覚えやすいだのなんだの言ってたが俺はすぐ忘れて名前から連絡もらって今月もその時期か、とようやく思い出す。「普通はそういうものなんだよ」と名前が玄武の手帳の日付がいくつか青く塗られてるのを見た時にため息をついた。
「名前、ポカリ」
「うう……いたい……」
ちょんと両手がこたつから出たので肘が抜けないように気をつけてゆっくり引きずり出す。名前は小さい頃によく肘が抜けてたらしく癖になってるから雑に引き抜けない。無事に上半身を引きずりだしてやると名前も小さく唸りながら体を起こした。せっかく玄武が直してやった髪もぐちゃぐちゃになっている。
「腰か?」
「腰はへーき……胃じゃなくてその下内蔵のとこがいたいの……」
飲みかけのペットボトルを置いて名前は薄っぺらい腹をさすった。だいぶ下の方、俺らにはない臓器がいくつかおさめられているのだというそこが名前を月に一回数日間苦しめている。
「薬飲むようになってましになったんだけどやっぱり1日目とかはいたい……」
また痛かったのか名前はうっと呻いて体を丸めた。腰は痛くない、と言っていたから背中をさすってやると名前は「朱雀くん体温高いよね……」と少し落ち着いたように息をついた。
「一口でもいいからこれ食って薬飲んで寝ろ」
「ありがと……」
「トマト、もう残ってねぇからな」
「ああ、柔らかくなっちゃったから使わないとと思ってたの……」
玄武が名前の前にトマトと米を煮て柔らかくしたやつを置いた。うまそうだな、と玄武の顔を見たら鍋に残ってるとわかってたみたいに返事がくる。
「うわこれ元気な時だったら玉ねぎ入れてチーズ載せたかった……」
「元気になったらな」
俺も鍋の残りをよそってきて、小さい器にちょっとだけのそれを名前はゆっくり食べた。玄武は飯食ってきたから食わないで(俺も玄武と一緒に飯食ったんだけどな)名前にカイロを当ててやったり肩を揉んだり耳を揉んだり(めちゃくちゃ痛いらしくて悶絶していた)して面倒を見た。
俺は名前の3倍くらいはあったけど名前がのろのろ米を口に運んでポカリ飲んだりしてるあいだに食べ終えてしまい、食器を片すついでにお湯を沸かしてマグカップに移した。薬を飲む頃には冷めてっかなあ。戻るついでに薬局の袋から痛み止めと名前がいつも飲んでる薬を出してやる。ナントカホルモンの手伝いをして体を楽にしてやる薬らしい。玄武にそのナントカホルモンの話をされても俺の頭には焼肉のやつしか浮かばなくていまいちわかんなかったけど体とか気持ちに影響があるらしい。焼肉のあれとは違うってことはわかった。
「今の薬きかねぇなら変えてもらった方がいいんじゃねぇか」
「でもだいぶましなんだよ……1日2日はしょうがないなあと思ってて」
玄武は名前が飲んでる薬のこともよくわかってて毎日同じ時間に飲む薬のことを名前がすぐ忘れるからケータイの通知なんかをいじってやったりもしていた。
「言いにくいなら次の診察の時付いて行ってやろうか」
「おう、ガツンと言ってやるなら任せろ!」
「えっ……それは遠慮する……婦人科だし変な噂たったらまずいよ……男の人と来てるの妊婦さんが多いし」
名前はお湯をよく冷ましてから薬を飲んでぐぅ、と唸った。薬飲んですぐ効くわけじゃないから暫くは死んだ顔色で、可哀想になって背中をさすってやった。そうしたらちょっと良くなったって言うから立たせてやってベッドに入れた。玄武が電気消したり水とか置いてやるあいだに俺はその辺に放置されてる部屋着とかを出来るだけ見ねぇようにして適当に畳んで(下着とかも干しっぱなしなのは本当に勘弁してくれ!)片付けた。
「寝たか?」
「ああ」
ちらりと見ると名前は布団に入ってすぐに静かになっていた。
「いつもの元気なとこ見てるからよ、毎月のことだけどなんつーか……張り合いがないよなあ」
「……そうだな」
昼間なのに薄暗い部屋を出来るだけ静かに出てドアを半開きのままにした。
「元気になったらまたうまいもん食いに連れてってやりてぇなあ」
「そうだな……だいぶ我慢してたみてぇだしな」
玄武が暴食厳禁と書かれた食料棚の整理に行くので(あれはストレスでドカ食いするのをやめたいと名前が悩んでた時に玄武が書いてやったやつだ)俺は鍋とか洗って待つことにした。痛い痛いと泣くのが可哀想で、代わってやりてぇと思う。さっきまで可哀想なくらい唸ってたのがもう聞こえなくて、ちょっと安心した。
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