インテリアイドルと合コンの話


「はじめまして、伊集院北斗です」
息を飲んだ。まさか、まさか、まさか……ぎこちなく振り向いた先には爽やかな笑顔で微笑む伊集院北斗の姿。終わった……私はため息をつくこともできずぎこちない笑顔を浮かべた。

私の正面に座った男はきらきらの笑顔を振りまいていて「今日ごめん、メンバー1人チェンジでさあ、代わりに伊集院連れてきたから!」という幹事くんを死ぬほど恨んだ。現状況、金曜日夜、都内おしゃれイタリアン半個室にて、別学科の男子との四対四の合コンに彼氏に黙って遊びに来たところ、目の前に彼氏が座っている。彼氏、身長180センチの現役アイドル。学科は違うけど一応同じ大学なのですれ違うこともあるけどこういう感じで面と向かって顔を合わせるのは初めてだ。

硬直しそうなのをこらえて作った笑顔も北斗にはバレバレなんだろう。頼んでいた飲みものが来て北斗が受け取り、回していく。「ピーチフィズの人?」「わ、私です……」のやりとりがすごくぎこちない。

「緊張してる?ごめんね、今日突然俺が来たから……」
流石に合コンだからか他人のふりして変に気遣われるのが恐ろしい。はい、とグラスを渡された時にさりげなく触れた指さえ私には魔王の指先に思えてくる。北斗とする乾杯でこんなにぎこちなかったのも初めてだしピーチだなんてセレクトも北斗からしたら意外だろう。ビールは飲めないし本当はグレープフルーツ系が好きなんだけど今日は”彼氏探し”合コンなのでかわいらしくピーチにしてみたのだ。最悪!よりによって遅れてきた最後の1人が北斗なんて!緊張しすぎてピーチフィズは味も分からなかった。

「北斗くん、学科違うからあんまり講義でも見れないし今日会えてよかった〜〜!」
「本当に?俺もこんなにすてきなエンジェルちゃんたちに会えるなら来てよかったな」
女の子(彼氏探し目的の合コンで集められたメンバーなので4人の女の子のうち離れて座る2人とはそこまで仲がよくないのだ)が北斗に話しかけるのを私はピーチフィズを舐めるように飲みながらへらへら聞くことしかできない。よりによって一番端の席に座っている上正面が北斗なので逃げ場がない。彼氏探し合コンに来たとはいえ、一応隠れ彼氏持ちなので遠慮して端に座っていたのだ。

まずい、北斗絶対怒ってるし怒ってるから今日乗り込んで来たんだろうな。服もメイクも可愛すぎず男ウケの良さそうなラインに落としたのもバレてるんだろうな。そもそもいったいどこで知ってどうやって突如メンバーに入ったんだろう。いやいやそんな経緯はどうでもよくて私が考えなければいけないのはこれからどうやって北斗の怒りから逃れるかということなのだった。どうしよう、死にたくない、北斗ニコニコしてるけどこれは絶対怒ってるし。本気で怒らせたことないけど普通に怒ったら怖そう。最悪、最悪……あっ今日帰りどうしよう。家帰ったら捕まえられそうだし友達の家とか……

「皆こんなにすてきなのに恋人とかいないんだ?」
「あはは……」
こんなの絶対怒ってるじゃん!彼氏いるのにこんなとこ来て、しかもご飯食べようみたいなゆるいやつじゃなくて彼氏探し合コンなのがバレてるじゃん!目が笑ってないし!
言い訳をするといつもホイホイ行くのではなく普段から彼氏いませーんって言ってるので友達が気を使って呼んでくれたりして、断るにも毎回バイトとは言いづらいしあんまり乗り気じゃないとかいうと悪いので今日はたまたま来た日で。北斗には何も言ってないからこれは私が悪いんだけど。

「いっ伊集院くん飲みもの空いたね!?次何飲む!?」
「はは、伊集院くんなんて呼び方……他人行儀で寂しいな」
「す、すみません……」
もうやだ、帰りたい……なんだか本当に体調が悪いような気がしてきた。機転を利かせて声をかけたら返り討ちだし。サラダを取り分ける手も震えるし自然に話題もふれなくて明らかに私やばいやつじゃん。隣の子と北斗の隣の人には北斗を前にしてガチガチに緊張してるだけだと思われてるとして、最悪なのは北斗だ。私はまさしく妻に浮気現場を目撃された夫の気持ちでがたがた震えた。

「名前ちゃんは飲みもの減らないね。お酒苦手?」
「あ、あんまり強くはないんですけどぉ……」
北斗を裏切った罪悪感で視線が左右にふれて心臓がバクバクしている。お気に入りのトップスを皺が寄るのも気にせずぎゅうと握って心臓を抑えているとそっと北斗の手が触れて引き剥がされた。今日のために磨いて、クリアピンクに仕上げた爪をいつもは塗ってないのにね、と咎めるように触られる。

「その味苦手だった?それ、俺が飲むから違うの頼んだら?」
グレープフルーツとか、好きじゃない?って北斗の長い指がメニューをなぞる。ピーチなんてあんまり飲んだことないのを暗に指摘されて私はもう帰らせて!と内心絶叫していた。
「大丈夫です、飲めます……」
「本当に?無理しないでね」
助けを求めようとしたら隣の子は私と北斗の一悶着の間に向かいの男の人と話が盛り上がっていてどうにもならない。そう、今日は皆彼氏探しに来てるのだ。邪魔しちゃいけないんだ……少なくともコースの二時間は私はおとなしくしてなくちゃ。地獄の二時間の始まりだった。


二時間、長い二時間だった。大人しくにこにこへらへらしてピーチフィズを開けた後はひたすらウーロン茶を飲んだ。グラスの中身が少なくなると目ざとく次は何飲む?と聞いてくれる北斗にウーロン茶と答え続けるのはある意味苦行だったけど変に酔っ払ってこれ以上の醜態を晒したくなくてあの後三杯か四杯はウーロン茶をあけた。最後の二杯くらいは北斗も「またウーロン茶?」って笑いながらメニューも見せずに注文していたし、そんな私に対して北斗は最初のビールに続いてあれこれお酒を飲んでいた。

「二次会、名前ちゃんはどうする?」
「ごめんなさい私今日はもう……」
「彼女、お酒飲んでるし俺が送って帰るよ」
幹事くんの誘いを私が断ろうとすると颯爽と北斗が手をあげて私達の二次会参加はあっさり見送られた。友達はすでに意気投合した男の子がいるし、北斗はアイドルだから”彼氏作り”のための合コンではある意味最初から対象外のポジションにいる。なにより二次会参加はがっちり手首を捕まえた隣の男が許さないだろう。
明日、報告楽しみにしてるねと友達に伝えて北斗と駅に向かう。お互いに無言で、金曜夜の浮かれた街の雰囲気から完全に浮いていた。

「……お酒なんて一杯しか飲んでないのに悪いことしたかな」
「怒ってる?」
「ちょっとね」
「……ごめんなさい」
北斗はいいよとも何も言わなくて肩にかけた大学用のカバンを適当にかけ直した。黙って視線を落とせば、去年の誕生日に北斗がくれた靴が目に入って余計に気が滅入る。こっそり値段を調べようとしてため息をつかれたのも記憶に新しい。俺が、履いて欲しいと思うから贈るんだよ。値段とかじゃなくて。と王子様がするみたいに履かせてくれたそれは足にぴったりだった。今日、合コンだから!とやる気を入れて履いてきたのが馬鹿みたい。スプリングコートも北斗がこれが似合うよって選んでくれたやつだし膝丈のちょっとフレアーなスカートは北斗に前それ似合うねと褒められたやつだ。改めて考え直しても私、超最低な女じゃん……カモフラージュの付き合いとはいえ、北斗と付き合い始めてから合コンなんて行ってなかったから浮かれてたんだ。嫌な思いにさせたよね。合コン中の浮かれた空気の中の焦りとは違って気持ちが落ち込む。幻滅されただろうな。

「付き合いとか、そういうのはわかってるつもりだったんだけど」
慌てて見上げると、北斗の金髪が街頭で余計に黄色く見えた。北斗はぴかっと光ったスマホを片手で操作して通知を確認するとそのままポケットに戻す。
「今日、そういうの聞いてすごくむかついて。無理言ってつれてってもらったんだ。名前ちゃんが浮気してるのか、これからするつもりなのか……突き止めるつもりで」
「言わなくてごめん……」
「うん」
「毎回、断るのはちょっと気まずくて……それで……」
「こっちこそ彼氏いるって堂々と言わせてあげられなくて、ごめん」
「それは私が好きで北斗と付き合ってるんだから、いい」
「ありがとう」
最初に飲んだお酒はそのあと飲みまくったウーロン茶のおかげですっかりどこかにいっていた。
「でも、勝手に合コン行ったのは浮気だからね」
北斗は勝手に、というところを強調してジト目で私を見た。なんなら最後までソフトドリンクを頼まなかった北斗の方が酔っ払ってるみたい。普段なら浮気とか、そういうのは全然気にしないよみたいな顔をしてる。
「次からはちゃんと報告します……」
「うん、メンバーも報告してね」
「め、メンバーまで……」
「それはさすがに冗談だけど」
いや、冗談を言う顔じゃなかったよ。私のジト目は軽くスルーして「名前ちゃんがフリーだと思われてあちこち行ってるのいい気分はしないし」と北斗はさらりと口にした。

「……まさか、口にするのもおこがましいのですが、嫉妬しました?」
「だから言ったよ?むかついたしいい気はしないし浮気を疑ったって」
「それは本当にごめんなさい……」
不満そうにそのままぐいーっと肩に体重をかけられて道端なのでそのまま倒れないように必死に耐える。こっちは今日ヒールのある靴なのに!
「重!重すぎ!重いよこの酔っ払い!」
「あはは、重くないって!受け止めてくれる?俺のプリンセス」
「普通逆じゃないの!?重!本当に重い!」
やっぱり酔っ払いじゃん!お酒のせいか珍しくやたら絡んでくる北斗はぷるぷる震える私の足にようやく気付いたのかごめんごめんと体を引いて歩き出す。

駅に着いてここからだと私と北斗は逆方向の電車に乗る。そのはずが当然のように北斗がとなりに立って電車を待っているので私は「家帰らないの」と聞いた。
「帰りたくないって言ったら泊めてくれる?」
楽しそうに青い目が細められて私を見下ろしている。
「帰りたくないの?いいよ泊めてあげる」
勝手に合コン行った罪悪感もあって茶化さずにそう返すと北斗は本当に嬉しそうに笑ってまたのしかかってくる。バレるよ、と小突いても調子よく笑っているから楽しそうでいいなあと思う。あと、酔っ払ってるから体温が変に高い気がした。

反対側のホームに勢いの殺しきれていない電車がきて風でスカートが巻き上がって2人で馬鹿みたいに笑った。こっちのホームにももうすぐ電車が来て、そしたらそれに乗って二駅、暗い道を歩いて一緒に帰る。



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