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新監督の存在に不安を感じている皆の予想を反してやってきたのは伝説のゴールキーパー、円堂守だった。
雷門の新監督は円堂守になったわけだ。
正直何を言っているのか分からない。困惑しているのは私だけでは無い。
恐らく純粋に喜んでいるのは天馬や信助くらいで、他の部員達は、どうしてこんな人が監督になったのか、と困惑しているだろう。どう考えても、試合に勝つための練習をするなんて発言する人間はフィフスセクターが送り込んでくるとは思えない。
聖帝であれば許可するかもしれないが、そんな危険な真似をあの人がするわけないだろう。
となれば、これは恐らくフィフスセクターの人間ではなく、外部の人間が円堂をこの雷門に引き入れた。そう考えるのが自然だ。


「それで。どうするの?シードの剣城くんは」
「フィフスセクターが奴を監督として認めた以上、俺は監視をするだけだ」

校長室の傍で聞き耳を立てていた私たちはひっそりと周りに聞こえない程度の小声で会話する。

「もう、真面目だね。なら河川敷には行くんだ?」
「当たり前だろ」
「あの人はきっと、シードとか関係なく、歓迎してくれるよ」
「それがなんだって言うんだ」
「べっつに〜」

分からないなら、今はそれでいい。
シードの仕事など関係なく、声をかけずとも剣城なら円堂の特訓がどんなものなのか気になって河川敷に行くことは目に見えてる。

少し遅れて河川敷にたどり着けば、円堂の他に、天馬と信助、葵に水鳥、茜、音無が揃っていた。

「お、芥、お前まで来ないと思ったぞ!」
「芥ちゃん、もう練習始まってるよ」

こちらの姿に気付いた水鳥は大きく手を振る。
茜はシャッターをきりながらにこりと微笑む。

「あはは、すみません」
「大丈夫よ、今日は2人しか来てないもの」

音無の言う通り、グラウンドで特訓をしているのはドリブル練習をする天馬とヘディング練習をする信助の2人だけだった。

「芥、どうだった?」
「大丈夫ですよ、皆さんサッカーが好きですから!」
「そうか!」

円堂との会話に疑問を感じたのか音無が首を傾げる。

「円堂さん、何か頼み事でもしてたんですか?」
「まあな!うちの部であの剣城に声をかけられるのはお前と天馬くらいだろうし」
「まさか。剣城くんも呼んだんですか?」
「正確には先輩達と剣城くんの様子を見てきて欲しいって頼まれてたんです」
「でもどうして春咲さんに……」

「だって、お前は剣城と仲良いだろ?」

その言葉に思わず硬直した。別に隠している訳では無いが、就任して半日の円堂がその関係に気付くと思わなかったからだ。
わざわざ剣城を含めた部員全員の様子を確認してから河川敷に来て欲しい、なんて頼む時点で円堂は気付いてたのだろう。
表情を強ばらせた音無や、不安そうに眉を顰める水鳥と茜に気付いて咄嗟に言葉がこぼれた。

「シードって疑ってるなら違いますよ!」
「おう、知ってるぞ!」
「なら何故わざわざ……?」

頼み事をしてきた意図も、ここで剣城の話題を出てきた意図も理解出来ず、曖昧に問いかければ円堂は答える。

「だってお前、剣城はともかく、みんなから距離を置いてるだろ」
「え?」
「この間の栄都との試合の時も。お前は後ろめたさから、松風に駆け寄ることも、二年や三年の連中にも声をかけることが出来なかったんだろ?」

図星をつかれて思わず否定も肯定も出来なかった。
あの試合の時、水鳥と葵はすかさず天馬に駆け寄っていたが、ベンチから動くことは出来なかった。先輩たちを慰めることも、天馬たちと一点を取れたことを喜ぶことも出来なかった。
円堂はそんな私を気にしつつも話を続ける。

「フィフスセクターのことを知っていたのに、松風達に伝えなかったのは、本当のサッカーが見たかったからなんじゃないのか?」
「もう、別にそこまで考えてませんってば!」
「そうか?」
「そうですよ」
「でも、お前のあの時の表情を見れば分かるさ。お前がサッカー部の皆に負けないくらい、サッカーが好きで今の管理サッカーのことが許せないってこともな!」

「あ、あの!……円堂監督は、本気でサッカーをやるつもりなんですか?」
「もちろんだ!わざと負けていい試合なんて存在しないからな」

ニカッと太陽のような笑顔で円堂は答えた。
選手では無いから何も出来ないと、行動を起こさない私とは違う。この人は本気で本来のサッカーを取り戻すつもりだ。

「よし!次の特訓だ!」

円堂は天馬と信助に声をかけると共にグラウンドに入っていく。必死にボールを追いかけるその姿は本来のサッカーの姿で、私が一番見たかったものだ。
思わず拳を握りしめた。

「3人ともすごい楽しそうね」
「ちょっと羨ましいです」
「ふふ、そうね。……それにしても、どうして春咲さんはフィフスセクターのことを知っていたの?」
「剣城くんのこともありますけど……、昔からお世話になってる方がフィフスセクターで働いてるんです」

「あの人は、サッカーに対して熱い思いを持ってました。だから何の意味もなくフィフスセクターに加担するような人間じゃないんです」
「もしかして、その人って……」

音無は何故か驚いた表情を浮かべたあと、ゴホン、と咳払いをし、微笑んだ。

「いえ、貴方にとって、その人は大事なのね」
「でもだからってフィフスセクターのことを肯定するわけじゃないですよ」
「ええ、分かってるわ」

フィフスセクターのやってる事全てが悪いこととは思わない。だとしても私が好きな自由なサッカーはフィフスセクターが掲げる平等による平和を守ることが出来ない。
だから、私に出来ることがなんなのか、未だに分からない。

「さっきのこと、円堂さんはああ言ってたけど、気にする必要なんてないわ。それに円堂さんもきっと気付いてるもの」

音無はグラウンドの3人に柔らかい眼差しで見つめる。
つられてグラウンドに目をやれば3人は必死になってボールを追いかけていた。
私を安心させるように表情を綻ばせ、にこりと笑う。

「今の貴方と、あの瞬間の貴方の顔を見ればわかるわ。
 純粋なフィフスセクターの人間なら神童くんか得点を決めてしまった時に素直に喜べなかったはずなんだから」

「天馬!」
「うわぁ!」

信助が天馬に対してヘディングでパスを試みるが、ボールをとる事が出来ずに、天馬は足を取られて滑る。
そしてボールはそのまま階段の方へ転がっていく。
視線を向ければ必然と上にいた存在に気がつく。

「ああ!来たか、剣城!そのボールを取ってくれ!」

不安そうな天馬を他所に、円堂は片手を上げ、剣城に呼びかける。剣城は不快そうに顔を顰める。

「なに?」
「サッカーやろうぜ!」
「虫唾が走るぜ、アンタのサッカーやろうぜには」
「そうか!」

円堂は剣城の態度に気にした様子も見せず、後ろを振り向く。

「おーい!お前たちもそんな所にいないで、こっち来いよ!」

円堂の声に天馬と信助は振り向く。
建物の影で練習の様子を伺っていた先輩たちが出てきた。

「アイツら、なんやかんや、気になってたんだな」
「だってほら、サッカー好きの人間が気にならないわけありませんから」

見学していた先輩達を集めた円堂はキック力を見るために全員にシュートを撃たせていく。そして全員のシュートが終わり、円堂は階段の方に向く。

「最後は剣城!残ってるのはお前だけだ!サッカーやろうぜ!」
「……っ、いいだろう、やってやるよ」

階段を降りてく剣城と円堂を皆は不安そうに眺めていた。
止める人が居なかったのは、剣城と円堂の対決を見てみたい、という欲もあっただろう。
剣城は器用に足でボールを浮かせ、力強く一回蹴り、少し浮かせると手を突き出しボールを放つ。

「デスソード!」

そのボールは勢い良くゴール前の円堂に向かう。
葵は思わず顔を両手で覆い、他のメンバーも驚いた表情で見守るが、そのボールが円堂に当たることは無かった。
ボールはそのままゴールへと吸い込まれていく。

「すごいシュートだな!やるじゃないか!」
「っ…ふざけやがって」

円堂がシュートを止めもしなかったことに対して、剣城は舌打ちをするとそのまま引き返していく。河川敷を離れると共にあたりの緊張が解け、皆はほっとため息をついた。

「今日の練習は終わりだ!」
「結局ここでしか見えないものって何だったんだ」
「みんな勝つ為の特訓に来たんだろ?だったら見えたじゃないか。本気で勝利をめざしたいと思ってる仲間の顔さ!本気のサッカーをやろうと思ってるヤツらのな!」
「みんながここにいる。それが今日の特訓だったんだ!」

拳を握りしめて皆に訴えかける円堂に、皆は顔を見合わせる。

「明日からは学校のグラウンドで待ってるぞ!」

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