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入学式の前にサッカー部で何かいざこざがあったらしい。

大きな騒ぎだったからか新入生の間でもかなり話題になっていた。
新入生のほとんどは体育館へ向かっていたが、暇を持て余していた在校生は野次馬をしにサッカー棟で試合観戦をしていたとかなんとか。

窓際の空席に思わず目線を向ける。
剣城の席だ。入学式には来ないし、教室にも来なかった。

このいざこざが剣城の仕業だろう、ということは直ぐに検討がついた。


春咲芥と剣城京介の関係は至ってシンプル。
幼馴染。あるいは、ただの友人だ。
共通点があるとすればサッカーが好き、ということと同じ小学校の出身だった、ということくらいだ。

私には両親はいなかった。既になくなっているのか、あるいは捨てられたのか、それすらも分からない。

だからこそ、春咲芥という名前も自分の本名なのかは分からない。
全く別人の名前を名乗っている、という可能性もなくはなかったが、名がないのは不便だったし、持ち物に書いてあった名前など、状況証拠からすると、それが本名でほぼ間違いないだろう。
というのが私の見解だった。

それに、周りの話では、母が日本人ということに間違いは無いらしい。少なくとも近所に住んでいた母と交流のあった人間はそう言っていた。


幼少期の私は海外で暮らしていた。
そんな面白い話でもないので、諸々、細かいことは省くが、そこで暮らしていた私を千宮司さんが、「君にはサッカーの才能がある」と引き取り、日本で暮らすことになった、というわけだ。

剣城兄弟とはそこで出会った。
私自身、炎のストライカーと名高い豪炎寺修也のファンだったから、公園であの人の真似をする2人を見かけて、思わず声をかけた。
一緒にサッカーをしたいと伝えれば、快く仲間に入れてくれた。
それからは3人でボールを蹴って毎日走っていた。
あの頃は全力でサッカーができてとても楽しかった。


そう思い耽っていれば、ホームルームはいつの間にか終わっていたようで、皆それぞれ帰り支度を始めていた。
この様子じゃ、サッカー部もダメだろうと判断して帰宅してしまおう、と考えたところで、廊下から賑やかな声が聞こえた。

「俺たち、これからサッカー部に行くんだ!」

サッカー部。そう聞いて思わず聞き耳を立てる。
ちらりと廊下を覗けば茶髪の活発そうな子と頭にバンダナを巻いた小柄な子、それに青髪の子が立ち話をしていた。
見慣れない顔だったので恐らくは隣のクラスの人だろう。

「ね!それ、私も一緒に行ってもいい?」

噂でしか聞いてないのでどんな状態なのかは分からなかったが、危ない状況なのは分かりきったことだ。
だというのに、泥船に乗ろうとする人物が、どんなサッカー狂いの子なのか気になり、咄嗟に声をかけてしまった。

「もしかして、君もサッカー部に入部するの?」

茶髪の子は私がサッカーが好きと判断したのか、とても嬉しそうに目を輝かせる。
そんな表情をみてたら、馬鹿みたいにボールを追いかけていた頃を思い出して、思わず口角が上がった。

「どうするかはまだ決めてないけどね」
「あんな状況だから、心配だよね」

そう賛同した青髪の子はどう切り出そうか悩んだ後に、「ええっと…隣のクラスの子であってる?」と首を傾げた。

「そ、春咲芥。よろしくね。」
「うん、よろしく!私は空野葵。それで、こっちのクルクル頭が天馬ね!」

葵と名乗った青髪の少女は茶髪の子、天馬を紹介する。
天馬その紹介の仕方に少し不満があるのか、拳を握りしめて抗議する。

「クルクル頭ってなんだよ!」
「だって、さっき私の事、こいつって呼んだでしょ!そのお返し!」
「そんなことで根に持つなよ」
「もってないってば!」
「絶対もってる!」

言葉ではそう言いつつも楽しそうに口論をしてる2人にキョトンとしてる信助と目が合い、思わず2人揃って笑みがこぼれた。

「2人とも仲良いね」
「同じ小学校って言ってたもんね!あ、僕は西園信助!よろしくね!」
「うん、よろしく」

それじゃあサッカー部の部室に向かおうか、と声をかけようと2人に目を向ければ、まだ痴話喧嘩の途中だったらしく言い争いをしている。

「…ってまだやってる!」
「というか、心做しかヒートアップしてるような気がするけど!」
「そろそろ止めたほうがいいよね!?」
「そうだね。…あー、その、お二人さん、そろそろ行かないと新入生の中で一番乗りにはなれないんじゃない?」

その言葉に天馬はピタリと動きを止める。
葵は初対面の人の前で口論してしまったことに対してか、少し恥ずかしそうに手で仰ぐ。
見てるこちらとしては微笑ましいと思うくらいだったけど。

「あ!そうだった!じゃあ、俺たち急ぐから!」

天馬のその言葉に信助も頷き、部室の方へ走っていく。
すっかり置いていかれた私と葵は少し呆然としながら顔を見合せた。

「せっかくなら葵ちゃんも一緒に行かない?」

手を差し出せば葵は大きく頷き、手を取る。

「うん!やっぱり私も行く!」


隣を歩いていた葵が立ち止まり、「そういえば…」とニコリと笑う。

「芥ちゃんはサッカーやってるの?」

その問いに私は「それなりに」と短く返して補足する。

「他にも理由はあるけど、雷門のサッカーが見たくて雷門中に入学したからね」
「わぁ、そうなんだ!なら天馬と同じね!」

どこから聞いていたのか、天馬は「じゃあサッカーやるために雷門に来たんだ!」とはしゃぎ始める。

「いや。ま、とりあえず、それでいいかな」

サッカーをやるために、というのは少し違う。
雷門のサッカーを近くで見てみたかった、というのは本当だ。でも一番は、サッカーをあんなに好きなはずの剣城がフィフスセクターの指示に従っていることが心配だったからだ。

「あ!それなら、マネージャーをするの?」
「うーん、それは考え中かな。葵ちゃんはどうするの?」
「私はサッカーに詳しいわけじゃないから」

そう雑談していれば目的地にたどり着く。
目の前に聳える大きなイナズマのシンボルが描かれた建物。
ここが雷門中サッカー部の部室であり、サッカー部棟と呼ばれる建物だ。環境の整った施設、と話には聞いていたが実際見てみるのでは随分と印象が違う。

「広いね!」
「そうだね、やっぱりサッカー名門校というだけあるね」

物珍しそうに辺りを見回していれば、サッカー棟から出ようとする先輩らしき生徒と目が合う。天馬が「あ…」と声を漏らす。

「お前は…」
「今取り込み中だぞ」

顔見知りだったのか、天馬の顔をみて、男子生徒は後ろを指しながら、そう告げた。

これは間違いなく今朝の件だろう。
噂によると剣城が一人でセカンドチームをぼこぼこした挙句、ファーストチームまでいじめてたとかなんとか。
フィフスセクターからの命令だということは理解していたが、…本当に何やってるんだか。

「何かあったんですか?」

天馬達が駆け寄って事情を聞こうとすれば、詳しく話すつもりは無いのか、諦めたような声色で告げる。

「入部するつもりならやめておけ」
「サッカー部はもう終わりだ」
「え?」

サッカーをするためにここまできた2人がその言葉に納得する訳もなく、信助は思わず先輩に詰め寄る。

「どういうことですか!?」
「けっ…いいから帰れよ!」

詰め寄る信助に心底嫌そうな声で怒鳴る。
そのまま2人はサッカー棟を出ていってしまった。

「やな感じ」
「……ま、先輩たちにも色々あるんだよ」

天馬はそのまま先輩の指さした部室の方へ走っていった。

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