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用事があると告げて3人と別れた後、私は病院に訪れていた。行先はいつもと同じ。エレベーターで階を上がり、目的の場所まで向かう。
部屋の名札プレートには剣城優一と記されていた。
病室のドアを開けば、ベッドに体を預けて窓から外を眺めていた青年がこちらを振り向く。
こちらの姿を見た彼はニコリと微笑み、「やぁ」と手をひらつかせる。
「こんにちは、優一さん」
「今日は入学式だったんだろ?」
「そうそう。それはもう大波乱でした」
入学式初っ端から京介が色々とやらかして、とは言わず。彼に心配をかけるようなことは言う必要ないだろう、と判断して、校長の話の最中に騒いでる人がいた、だとか、他愛のない話をしていた。
「楽しそうでなによりだよ。京介は…」
「京介…えー、剣城くんはですね」
「剣城くん」
私の口からは聞き慣れない呼び名だったのか、彼はキョトンとした表情を浮かべて聞き返してきた。
「クールで誰とも馴れ合いたくない一匹狼を目指してる剣城くんのことを京介と呼ぶのはどのようなものかと思いまして」
その答えに優一は小さくな声でクスクスと笑う。
「京介は気にしないと思うけど」
「京介くんはそういうお年頃なんですよ」
「誰がお年頃だ」
うんうんと頷いていれば後ろから鋭いツッコミがくる。
後ろを振り向けば、どこから話を聞いていたのか分からないが、剣城が静かに病室の前に立っていた。
「お、剣城くんのお出ましだね」
「…なんだその呼び方」
本人にとっても私の口からは聞き慣れない呼び方だったのか、綺麗な顔を顰める。
「だって、剣城くんは一匹狼でいたいんでしょ?京介って呼んだら仲良いみたいじゃん」
実際、学校では一匹狼どころか孤高の新入生というか、なんというか。そんな無法者っぽい彼に思いを寄せるような女子は少からず存在するだろうが。
「いや…、もう、面倒だし、どちらでもいい」
「そう?なら親しみやすいように京ちゃんって呼ぼうか?」
「それはやめろ!」
そんなやり取りに微笑ましく思ったのか優一は頬を緩ませ、喜色を浮かべる。
そんな彼を見ていれば、どれだけ京介のことを心配していたのか理解することが出来た。
「相変わらず仲が良さそうで安心したよ」
「兄さん…、別にそんなんじゃ」
「照れ隠しでしょ、わかってるからね」
「お前は少し黙っててくれ」
先に帰ると伝えれば、優一は京介に近くまで送ってあげてと促す。京介は兄である優一さんの頼みを断れるはずもなく、私の方をじとりと見つめる。
当然、二人の時間を邪魔するのも悪い、と断りを入れたが、なかなか粘られるので、病院のエントランスまで、と妥協することとなった。
何となくこうなることは理解していた。
エレベーターに向かうまで、しばらく無言だったが、私がここに来た意図を理解したのか、京介はこう切り出した。
「それで。俺に何か用があったんだろ」
「うん、そんなとこ。一応伝えておこうと思って。
私、サッカー部に入ろうと思うんだ」
「お前は入部しないと思ってた」
それは少し予想外だったのかこちらに顔を向ける。
「そうかな?」
「それで、何故それを俺に」
「別に。入部しようと思ったのは、京介が心配だったからって理由だけじゃないよ」
「……お前が好きなのは自由なサッカーだろ。今のサッカーの事情も知ってるのに、サッカー部に入る必要はないだろ」
そう、今のサッカーに自由などない。
サッカー実力主義となってしまった社会を平定させるために設立された組織、フィフスセクター。
全ての試合がそう、という訳では無いが、平等に勝利を与えるため八百長を仕組んだりしているわけだ。
素人目では分からないかもしれないが、サッカーをよく知る人間が見れば、本気でサッカーをやっていないことくらいすぐ分かる。
10年前の雷門イレブンのような、汗だくになって、泥まみれになっても、全力で楽しむサッカーが見たかった。
だから雷門を選んだ。
今の中学サッカー界にそんな全力で挑む試合はほとんど存在しない。
マネージャーをやるか悩んだのは、そんな試合を見たくはなかったからだ。
でも、天馬のようなサッカー馬鹿を見ていたら、そんなサッカーが見れるかもしれないという希望を与えられた。
そんなことは京介には言えないけれど。
「葵ちゃんに、友達に誘われたから。一緒にやってもいいかなって思っただけ」
葵はきっかけに過ぎない。
きっかけに過ぎないけれど、きっと彼らとの出会いや、彼女が誘ってくれなければ、今日、ここには来なかっただろう。
彼の方に向き直れば、顔を逸らされる。
「でも、私はフィフスの味方にはなれないけど、京介が困ってたり悩んでいたら協力したいと思うよ」
「…ああ、そうかよ」
1階に着いたようで、エレベーターが上品なベルを鳴らし扉が開く。
「着いたな」
「うん、ここまででいいよ。また明日ね」