蜃気楼に餞を


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泣いている。
ぼやける視界には2人の少年が焦ったような表情を浮かべている。端にはサッカーボールが転がっている。2人にそれを取りに行く素振りはない。
大きい方は誰か大人を呼ぶべきだと判断して立ち上がるが、小さい方に止められる。
小さい方は大粒の涙を零す。大きい方は放っておくわけにも行かず困ったように抱きしめる。

伝えないと。
大丈夫だよ。何ともない。だって痛くないんだから。問題ないよ。
そう声をかけたかった。
体が動かない。動けよ、私の体。起き上がれない。いつも朝はちゃんと起きれるだろ。君が泣いてるところを見ていたくないんだ。泣かせたのは私なんだから謝らないと。
だから、そのために。
君のせいじゃない。そう伝えないと。

雨はやまない。

数年前のことだ。
私と剣城兄弟は公園でよくサッカーをしていた。みんな豪炎寺選手のことが大好きだったから、よく彼を真似てサッカーをしていた。
朝から晩まで、泥まみれになるまでボールを蹴って。
そんな様子で家に帰れば夕香ちゃんは呆れたように、お兄ちゃんみたい、とタオルを差し出してくれた。

きっと、人生で1番楽しかった瞬間だ。

そんなある日、京介が蹴ったボールがあらぬ方向へ飛び、道路へ転がっていってしまった。

「おれ、とってくるよ!」
「わたしもいっしょにいってくる!」

駆け出した私たちを窘めるように優一さんは注意する。

「車が来たら危ないからちゃんと確認はするんだぞ」

京介は少し慌てたところはあったものの、信号はきちんと確認して、道路を飛び出した。
その瞬間、信号無視したトラックが突っ込んでくる。クラクションの音が鳴る。
京介は動けない。間に合わない。

「_____っ、京介、危ない!」

思わず、飛び出してしまった。






1





雷門中は私たちにとって憧れの場所だった。
だというのに、私も京介もサッカー部には入部せず、毎日をダラダラと過ごしている。
きっと京介は今日もゲーセンに行ってるに違いない。改造制服といい、不良以外の何物でもない。

部活に入っていれば放課後は活動があるし、クラスに友人がいれば友人と過ごすことも出来ただろう。私にはどちらもなかったけれど。
私自身、人当たりは悪くないとは思うけど、病院に通う都合上、登校できる日も少なく、その上、不良ぶってる剣城くんと仲良くしてるから怖いなんて言われて友達はほとんど居ない。悲しいことに。

私たちがそんな生活を送ってる間にも、雷門中は革命を起こしただとか、フィフスセクターとかいうサッカーを管理する組織をホーリーロードにて打ち倒しただとか、そんな大きな噂話は聞いた。
豪炎寺さん基、イシドさんや千宮司さんがその組織でそこそこお偉いさんをやっている、という話は知っていた。しかし、詳しい事情に関しては2人も話そうとしなかったので、完全に蚊帳の外でしかなかったし、それでいいと思っていた。

「いいなぁ」

河川敷でボールを蹴る雷門のサッカー部員たちを眺めていた。
会ったことは無いが確か、隣のクラスの子たちだった気がする。
2人は拮抗したボールの応報をしていたが、スライディングした拍子にこちらにボールが飛んでる。

「あ!そこの人!危ない!」

咄嗟に私は立ち上がり、ボールをゴールにめがけて蹴りあげた。
少年たちは慌ててこちらへかけてくる。
そして申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げた。

「ごめん!大丈夫だった?」
「大丈夫。私だったからよかったけど、次は気をつけてね。」
「うん、気を付けます…。
 それにしても君、サッカーうま………」

茶髪の少年はそこまで言いかけたところで言葉が止まる。呆然とこちらを見ている。

「あの?」

沈黙に耐えきれず声を上げると、少年は驚きを隠せない様子で聞いてきた。

「小手鞠!?」

少年は間髪入れず、部活は?どうしてこんなところに?そもそもサッカーはできたの?と困惑と興奮か入り交じったように喋繰る。
引き気味に、ちょっと待って、と声をかければ、少年は謝って大人しくなる。

「確かに私は小手鞠だけど。私たち、初対面だよね」
「あ…、えぇっと、その〜…。」

少年は嘘が苦手なようで、視線をウロウロさせながら言葉を選ぼうとしている。何だか虐めてるみたいで可哀想になってきた。適当にフォローしてあげようと思ったところで、聞いたことのある声が聞こえた。

「薄ちゃん」
「優一さん」
「今時間あるかな?」

声のした方を見下ろせば京介の兄である優一の姿があった。
見知った顔に駆け寄れば、優一は困ったように微笑んだ後、少し休憩にしようか、と皆に告げた。

「えぇっとつまり?難しい話はよく分からないけど京介を探してるってこと?」

事情を簡単にまとめると、サッカーを守るためには剣城の力が必要で、剣城を探している、ということらしい。
よく分からないが、サッカーを守るためには強いサッカープレイヤーが必要ってことなんだろうか。

「うん!そうなんだ!小手鞠は剣城と仲良…仲良いの?」
「そりゃあ、幼馴染だからね。でもそっか、京介の居場所か」

今日一日のことを思い返すが、朝からサボってHRにすら顔を出さなかった。サッカーを見るとやりたくなってしまう欲が抑えられなくなるだろうから、きっと雷門中の校内には居ないはずだ。
そうなれば、暇を潰せる場所はゲーセンとかだろう。

「やっぱり心当たりあるの?」
「朝は会わなかったから、きっとゲーセンにいるよ。でも今日は私の通院の日だから、病院に行けば絶対に会えると思うよ」
「通院って…、どこか悪いの?」

そういって靴下を下ろしサポーターの付いた脹脛をみせる。

「足がちょっとね。生活する分には支障はないけど、運動はできないだろうって」
「そんな…」
「……」

その言葉を聞いてみんなの表情が暗くなる。
少し会話しただけでも分かるくらい、彼らは善良だ。
初めて会話した人間をそんな風に思いやれる、そんな人間だからこそ、ここまでたどり着いたのだと、納得しかけたところで違和感を感じた。
今なにか、決定的な違和感を認識したはずなのに、それが何なのか分からない。
考え込む私に落ち込んでると勘違いしたのか天馬と呼ばれた少年が眉を下げて謝った。

「気にする必要ないよ。私たち、今日初めて会ったんだから。そんな悲観しないで」
「初めてじゃないよ!」
「天馬!」
「初めてじゃない、俺たち、ずっと一緒に戦ってたじゃないか。一緒に試合したとかそういうのじゃないけど、その」
「天馬くん」
「ありがとう、でも今は私の事に構ってる暇はないでしょ」
「薄ちゃん」
「えっと、葵ちゃんだっけ?」
「うん」

名前を噛み締めるように、どこか泣きそうな表情で微笑み、私の両手を掴む。
以前にもこんなことがあったような、そんな気がする。初対面のはずなのにどこか懐かしい。これは、彼女たちの言う歴史がどうのっていうのが本当だという証なんだろうか。だとしたら改変されたという私が認識できているのはおかしな話ではあるが、不思議と、こうされることが嫌でなかったから、静かに受け入れた。

「こんなこと言われても、困るかもしれないけど、剣城くんがサッカーしてる歴史でも薄ちゃんは苦しんでたから、今だってきっと苦しんでるかもしれない。
 だけど、かならず、剣城くんのサッカーを取り戻してみせるから、それまでまってて」
「一緒に戦ってくれ、とは言わないんだね」
「それは、」
「ううん、何となく分かったから、大丈夫。ありがとう。
 せめて、行く時は見送らせて。たとえ消えちゃうとしても、葵ちゃんが覚えていてくれるなら、それは意味があるから」






2





さようならを告げるのがあっという間、ということもなく、学校に向かえば、グラウンドには彼らの姿がある。
ユニフォームきてボールを蹴り、グラウンドをかけていく。その姿をずっと見ていたいと思ったから、これでもいいと思ったのに。

「あ!小手鞠!おはよう!」

ブンブンと効果音が聞こえそうなほど左右に大きく手を振る天馬に対して小さく手を振り返す。
大声を出すものだからグラウンドにいた先輩たちもこちらを見て何だか気まずい気持ちになった。

「天馬、知り合いか?」
「えっと、みんな忘れちゃってるんですけど、サッカー部の部員で…」
「小手鞠です。練習の邪魔しちゃってすみません。
 ごめんね、これ以上邪魔しても悪いし、私はこれで」
「待って!」

そういって天馬は階段を駆け上がり私の手を掴む。
すごい瞬発力だな、と

「あの、キャプテーン!」
「大声を出さなくても聞こえてるぞ」
「えへへ、すみません。その、折角だし小手鞠にも見学して欲しいなって。昨日だって俺たちの練習楽しそうに見てたし、駄目ですか?」
「別に構わないが…、君はいいのか?」
「はい。なら、お言葉に甘えますね。軽いマネージャー業務なら手伝えるから。葵ちゃん達のところいってくるね」
「その、ありがとう、天馬くん」
「うん!」







「あ!小手鞠!せっかくだからお昼一緒に食べようよー!」

朝同様に大きく手を振る天馬くんに小さくてを振り返す。
周りの生徒もその様子を気になったのかこっちを見てきて気まずい気持ちになった。

「2人で?」
「信介もいるから!」
「私もいるよ!」

そういって天馬の後ろに隠れてた葵も出てくる。
信介はもう中庭にいるから!と言って天馬と葵の2人に両腕を掴まれて中庭まで連行されることになった。私は宇宙人かなにかか。

「こうやってこの4人でご飯食べるの久し振りだよね」
「そうなんだ?」

天馬の言葉に葵は大きく咳払いをすると天馬は罰が悪そうな顔をする。

「あ〜っ!そうじゃなくって、そっか、私たちお昼一緒に食べるの初めてなんだっけ?」
「そういうことになるね」
「あ、そのおかず美味しそう!私の唐揚げと交換しよ!」
「はい、いいよ〜」






「ね、携帯持ってる?」

葵はストラップのたくさん着いた携帯を片手に聞いてきた。
おはようございます使いやすさよりも可愛さを重視するあたり、葵のオシャレに対するスタンスが理解出来たような気がする。

「持ってるよ」
「なら番号交換しよう!」
「でもサッカー部に入らないよ」
「そんなの関係ないよ、友達なんだから連絡先なんて交換してるの普通でしょ?」
「それは、サッカー部の私のことで、私は違うよ」
「違くなんかないよ。どっちも私の友達で、どっちの方が上だとな下だとかそんなの無いし、薄ちゃんは今の未来を諦めちゃってるかもしれないけど、きっと、そんなことなんかない。根拠は無いけど、でも」
「ごめん、意地悪言った。交換、しよっか!」
「うん!」







携帯のピコンと鳴る。
急いで河川敷に向かえば京介と優一さんの姿がある。
夕暮れ。ボールを追いかける2人。

ずっと見たかった景色だ。
2人が一緒にサッカーをやっている光景を、ずっと見ていたかった気がする。
見たかったんだろうか。きっと、見たかったんだ。
だって涙が止まらないんだから。







その日、唐突に日常に終わりを告げた。

私も葵も彼らの元に向かうのが間に合わなかったのだ。
青い空の下、2人で軽いパス回しをしていた。今日くらいはサッカーをしたって許してくれるだろう。

「天馬たちに置いてかれちゃった」
「良かったの?」
「良くは無いけど、急いでタイムジャンプする必要があったみたい」
「そっか」
「でもね、私はこれでよかったと思ってるよ」
「どうして?」

逆光で彼女の顔はよく見えない。純粋に逆光で見えないのか、見るべきなのは私では無いからなのか。ただ、いままで見た中で1番な笑顔なのは分かる。

「だって、最後にこうやって一緒に過ごせるから。私たちは覚えてる。些細なことだとしても、それは意味のある事だから。」
「_______」

その言葉に救われた気がした。

「天馬くんたち、終わったみたいだね」
「そうだね」
「サッカーを守って、私が生まれた意味、作ってね」

身体がひかりに包まれて量子となって消えていく。
葵は泣きそうな表情を隠すように無理やり笑顔を作って小指を差し出す。

「うん、もちろん!」






3






夢を見ていた気がする。
夢の中でサッカーやってたことは覚えてるけど。夢でまでサッカーした所で肉体は成長しないというのに、それほどまでにサッカーがやりたかったってことなんだろうか。最近は自主練こそ怠らずとも、まともにサッカーをやっていなかったからかもしれない。まあいいか。

身体を起こし、朝食の支度をしようとした所で違和感に気がつく。
漂うパンとバターの匂い。
一人暮らしなんだから起床したばかりの今、そんな匂いがするのはおかしい。夕香さんはたまに遊びに来るけど、来る前は必ず連絡をくれた。
誰かがいる。一体どこの誰が?
一歩、二歩、慎重に、足音を立てないように扉を開こうとした所で、向こう側から扉が開けられた。

「もー!朝から何やってるの!」

両手を腰に当て、いかにも怒ってます、というポーズをとるあざとい少女。
私は彼女の名前を知っている。知っているのだが、私の知っている彼女はこんなに幼い少女では無い。少なくとも一回り上のはずだ。となると妹や親族の可能性も出てくる。

「それはこっちの台詞なんだけどなぁ…」
「あ、そうだった。久しぶり?それとも、うちにとっては、はじめましてだからはじめまして、の方が正しいのかな?」
「どっちでもいいけど、とりあえず、状況説明してもらっていい?」
「うんうん、当然そうなったら驚くのも無理ないやんね。うちも最初驚いたもん。とりあえずご飯作ったから食べて食べてー!」

そう言って彼女はテーブル前まで私を押し出すと椅子を引いて相対する席に座る。テーブルにはこんがりと焼かれたトーストに目玉焼き、ベーコンなど定番な朝食が並んでいる。

「いただきます」
「うん!召し上がれ」

手を合わせてご飯に手をつければ彼女は満足そうに微笑んだ。
これは朝練には出ることが出来ないと連絡する必要がありそうだ。

「今日も部活あるやんね?」
「通常通りなら。でも今それどころじゃないよね?」

そう言って今日の部活は休みますというメッセージを見せれば彼女は申し訳なさそうに両手を合わせて謝った。

この少女が私の知る彼女ならば名前は黄名子。
私の母親で違いない。

母と2人で暮らしていたのは大体2年から3年くらいの間。
黄名子、という名前を知っていたのは父親らしき男性が母のことをそう呼んでいたからだ。子供目線から見ても2人は随分と仲が良さそうだったし、偶に来ては私の面倒もみてくれていたところを見るに子供嫌いでもない。
母はあの人は忙しい人なの、といって微笑んでいた。
覚えていることはあまり無いが、悪い両親ではなかったのだろう。

「そういえば、自己紹介ちゃんとしてなかったやんね。
 知ってると思うけど、うちは黄名子、菜花黄名子。」
「驚いた、本当にそうなんだ」
「うちはまだ経験してないけど、ここに至るまでの経緯はあの人に聞いてやんね」
「あの人?」
「それも含めて、今何が起こってるのか説明するやんね」

そういって分かりやすいように近未来っぽいタブレットを取り出してかわいいイラストと共に説明を始める。素人目なので定かでは無いが、現代の技術でここまでのことは難しいだろう。
黄名子が言うには200年後に存在する未来意思決定議会エルドラドは分岐点補正(歴史の修正のことらしい)を行うことでサッカーを削除しようとしているらしい。その理由はサッカープレイヤーの遺伝子から発生した新たな人類、SSCを対処するためだとかなんとか。

「なるほどねぇ。それが本当だとして、それが私に何か関係あるってこと?」
「そうやんね。信じられないかもしれないけれど、昨日まで、あなたは"サッカーどころか運動することの出来ない身体を持っている小手鞠薄"としてここに存在していたんよ」
「でも元に戻ってるってことは、解決したってこと?」
「うん、薄の分岐点は元に戻ってるはずだから、暫くは大丈夫だってあの人が言ってたやんね!」
「あの人」

その言葉にハッと思い出したように荷物を漁り始め、目的のものを見つけた黄名子は表情を明るくしてブレスレットを手渡してきた。

「そうそう!うっかり忘れてたやんね!これはタイムブレスレット。これがあれば歴史修正の影響は受けない、って聞いたやんね!
 うちに関してはあの人、アスレイさんが何とかしてくれてるみたいだから」
「アスレイさん?」
「あの人、日本に来たあなたとは本部て何度か会ったって話してたやんね」

本部、というのは恐らくフィフスセクターの本部のことだろう。
思い返してみるが、それらしい呼び方をされている人間はいなかったような、とそこまで考えて、フードの老人のことを思い出し、声が漏れる。

「もしかしてフードの」
「変装してるっていってたから、それっぽい人がいるならきっとその人がそうやんね」
「あれが変装のつもりならかなり杜撰だったと思うけどね」

その言葉に黄名子はあははと笑った。

「うちのとこに来た時もね、あの人、すごい不審者みたいだったんよ」
「へぇ」
「確かに見た目は格好良い人だったけど、突然呼びかけられて、こんな話聞かされて、ちょっと困っちゃったもん」
「ならどうして信じたの?」
「ここまでしてもらって信じないわけないやんね、ってこれは結果論か。
 うちがここに来たのはあなた達に会ってみたかったから。うち、子供なんて産んだことないし、そういうの全然想像できないけど、あの人にあなたたちの話を聞いて、家族になりたいって思ったから。」

そういって黄名子は私のことを抱きしめた。

「だからあなたたちに会いに来たんよ」
「そっか」

成長期もまだきてない黄名子の体は母親と呼ぶには小さい。
私は母のぬくもりを知っている。目の前の少女ではなく、成長した彼女はよく私を抱きしめて、愛を伝えると同時にいつも謝っていた。
大きさも、伝える言葉も、違うのに、彼女は紛れも泣く自身の母親だった。

「あなたの弟にもこれから会えると思うけど…、うちのことは内緒にしてね」
「弟…なんとなく存在は覚えてるけど、もう名前も姿も覚えてないよ」
「ううん、きっと会ったらわかるやんね。驚くかもしれないけど」
「驚く?」
「うん。でも話しちゃったらきっとあなたは誤魔化せないからまだ秘密!
 それで、これからのことなんだけど」

黄名子はあざとく手を合わせて悪戯っぽく笑った。

「うちも一緒に暮らすことにしたから!よろしくやんね」

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