古今花咲せ
「名前の由来?」
私の言葉に信女は返事は返してくれるものの、視線はマスタードーナツの箱の中に釘漬けだ。
そんな態度を気にせず隣に座るが、彼女も気にした様子はなく、ドーナツに手をつける。
「そう。だって気になるよね?」
「別に。名前なんてただの記号でしょ。」
「えぇ、冷たくないかな?」
「冷たくない。むしろ温かい。」
そう言われて差し出されたドーナツを受け取れほんのりと温かさが伝わる。
「あ、ほんとだ。…ってドーナツじゃなくて態度の話だよ!」
「姓名診断でもしたくなったの?」
「そういう訳じゃないけどさぁ」
「大丈夫、あなたの名前が不吉だと言い当てた占い師は全員斬って置いたから。」
噎せた。それはもう、壮大に。
「なんでそんなに物騒なの?てか事後報告?問題しかないよね?」
「大丈夫。殺しては無い。」
「警察が無実の人を殺してたら大問題だよ!」
「二度と占いは出来ないかもしれないけど。」
「いや、既に大問題だって。命があっての物種とは言うけど、職がなきゃ人間生きてけないんだからね。世の中金だからね。」
てかいつの間に姓名診断してたのかな、この子。
まだまだ言い足りないと、物言いたげな視線を向けても、信女は気にした様子もなく新たなドーナツに手をつけ始める。
「たしかに名前は人生で一番初めに貰う贈り物だというけど」
「ねぇ聞いてる?私の話聞いてる!?会話のキャッチボールしようよ〜!?」
お〜い、聞いてますか〜!と目の前で騒いでも淡々と話を続けようとするが、喧しさに痺れを切らしたのか空いている手で口を塞がれる。
抗議するように視線を向けるが、そこでようやく彼女と視線が交わる。
真っ直ぐ、淡々と言葉を紡ぐが、いつも以上に真剣な声色なのはよく分かる。
「言葉一つに沢山の願いが込められている。ならその解釈は自分でやっても構わないでしょ。」
「そういうこと言うの珍しい。」
「そう?」
「そうだよ。」
「そういう気分だったのかも。」
これ、私の名前の話じゃないんだけどなぁ。
彼女自身もそれは気付いて、あえて話を逸らしたんだろうけど。
だからこそ少し嬉しくなって、信女に飛びついた。
「私、信女のこと結構すきだよ。」
「私もあなたのことはそこまで嫌いじゃない。」
そう言って信女は最後の一口を飲み込んだ。
手元にはさっきまであったはずのドーナツは無い。
箱の中身を確認すれば大量にあったはずのドーナツは全て無くなっている。
きっと今頃、この箱の中身はすべて信女の胃の中に違いない。
「ちょっと!私の分!ほとんど無くなっちゃってる」
「だって、ずっと食べずに持ってるから。いらないのかと思った」
「ふ〜んだ。いいで〜す。私はこれから歌舞伎町で信女の分もドーナツ沢山食べちゃうからね。」
「だめ。私の分も残さなかったら斬るから。」
「なんでそう物騒なのかな。」
「…本当に、何も覚えてないのね」
「なんの話?」
信女にその意味を聞こうとしたタイミングでメール受信のバイブ音が鳴る。2人で画面を確認すれば、メールが届いている。
[2人の為にマスタードーナツに差し入れ買いに行ったけど、期間限定イカスミドーナツが売れ切れてたおT﹏T
P.S. お土産に買ってきてくれると嬉しいです。最近電波が悪いのかメールが届かなくて心配です。(;;)
メールしてネ。]
「イカスミドーナツって何?」
「知らないの?最近話題のイカスミドーナツ。」
「知らないけど!」
「濃厚な魚介スープのような味わいで昼食にピッタリってもっぱらの噂。」
「ドーナツだよね!?液状じゃないのになんでスープって言われてんの!?」
「ドーナツだからだけど。それ以外に何があるの。」
「もう何から突っ込んだらいいのかわかんないよ。」
「無かったら別のでもいい。」
「はいはい、わかりました〜。」
「うん、それなりに期待してる。」
「ま、次はいつ会えるかわからないけどね。」
少しの沈黙の後、信女は思い出したように、ねぇ、と声をかけてくる。
「今は何をしてるの?」
彼女には生存報告はしていたものの、どう過ごしてるのか話してなかった気がする。
単純に通信機器が無かったということや、電波上の問題というのもあるけれど。
「え〜っとね、あれだよ、あれ。未来の海賊王のお手伝い!」
「……ジャンプの読みすぎじゃない?」
「ひとつなぎの財宝を見つけたら信女に見せてあげっからね〜」
「いらない」