安眠にさよなら

 ある夏の夜のことだった。ただ立っているだけでじっとりと汗ばむような熱帯夜のことである。同じ部屋で眠る恋人が、戯れに私の手を取ってぽつりと「君の手は綺麗だね」と小さく微笑んだ。恋人の繊細な指が私の指に絡まり、軽く指の股をこする。くすぐっているようなその指使いに、ぴくりと肩を震わせた私をみて、そのひとは一つ笑みを深め、「くすぐったい?」と問いかけてきた。私がそれに頷くと恋人はくすくすと鈴を転がすように笑って「それはよかった」ともう一度こすり、そして「それはきっと、ここでも気持ちよくなれるってことだよ」と楽しげに呟いた。する、と手の甲を這う指先にぞくりと小さな熱が灯る。「誘ってる?」私の声は、震えていた。「さあ、どうだと思う?」




30.安眠にさよなら
熱帯夜/汗ばむ/誘う

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