レディ・ベトロフナーの弔辞

 女の声が静寂を裂いた。
「彼のお話をしましょう、……皆さんもご存知かと思います、例の冷徹な……いえ、冷血漢のお話です。そんな奴の話など聞きたくない――その気持ちはわかりますとも。わたくしも出来ることならこんな話はしたくありません。けれど、……けれど。今日の主役は他でもない彼ですから、……」
 と、ここで彼女は頬に手を寄せた。

「そんな時に他の話をするのは、いくらあの人がそういう冷たい人だったと言っても、失礼でしょうから――と言いましても、わたくしがお話できることというと、せいぜいこの傷をつけられたときのことくらいで、これも話題として相応わしいものかどうかわかりませんが、どうかお許しいただければと思います」

 そう言って女は、頬に走る傷痕と冷血漢の小咄を数分か、十数分か話して、やがてふ、と息を吐いた。近くにいた参列者が「あぁ、あの野郎め」と小さく毒づく。彼の目玉にも、他の参列者たちと同様に重苦しい陰りがある。哀しみや喪失感とは全く違う、もっと陰惨で後ろめたい――……憎悪の色濃い、陰りであった。



2.別れのナイフ
傷/静寂/冷徹

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