セピア

 幼稚でいたいけな町だった。僕はそんなあどけない町が、君と過ごす他愛ない穏やかな日々が好きでたまらなかった。
 町を出ることになった時、不思議と涙が止まらなかったのをよく覚えている。「今日は泣き虫なんだね」と困り笑いした君に、果たしてなんと返したのだったか。……それはもう、覚えていないけれど。ただ、きっと予感がしたのだろう、と今になってそんなことを思う。
 数年、いや、数十年ぶりか、久方ぶりに戻ってきた町の風貌は随分変わっていた。発展し、成熟した街には、あの頃の可愛らしいいじらしさなど、もう少しも残っていない。「久しぶり」と挨拶した君も、すっかり垢抜けて、全然知らない人のように見えて。
 ただ一人、僕だけがかつての憧憬に取り残されていた。



5.愛したこの景色
成熟/風貌/幼稚

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