ニヒリズムの悲嘆

 今にも衰弱死してしまいそうである。それほどまでに気を病んだ男が、かすれ、ひしゃげた感嘆を漏らしていた。打ちっぱなしのコンクリートの内壁に、彼の感動がじんわりと染み込んでいく。白衣に身を包んだ青年は、扉の小窓から室内を覗き込んで、それをじっと眺めて――観察していた。
 男が何に対して消えかけた咆哮を続けているのか、青年にはわからなかった。ただ、半ば潰れた叫びの中に、悲痛と絶望とが複雑に絡み合っていることだけはかろうじて理解することができた。
 ――彼は虚無主義に陥っているね。
 誰に向けるでもなく、青年は呟きをこぼす。彼のニヒルが何に起因するものなのか、それは無論知る由もない。
 四半刻ばかり、彼は痛切な悲嘆を観察していたが、好奇心が満たされて、或いは、男への興味を失ってしまうより前に、男の咆哮は途切れてしまった。そうしてそれきり、男はとうとう一言も発することはなかったのである。



18.哀しいね、二人
衰弱/感嘆/虚無

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