親友なんでしょ
体育館裏での出来事から、ちょくちょくあいつは体操服で授業を受けるようになった。
制服どうしたのと聞けば、洗濯が乾かなくて!だとか水遣りしてたらびちゃびちゃになっちゃった!とか、適当な理由をつける。
そして今日も彼女は体操服で教室にやってきた。いつも玄関で「おはよ!」と叫ばれていたのが、教室で「おはよう」と言われるようになったのはそいつの登校が遅くなったからじゃなくて、律儀に女子の呼び出しに応じているから。
「おはよう」と抑えめな声で挨拶をしてきたそいつに、僕は返事を返した。



珍しく部室の鍵が空いていなかった。
マネージャーの先輩がいつも開けておいてくれているのに、と職員室へ鍵を取りに行けばどうやら鍵はもう既に借りられているらしくて。入れ違いになったか?と部室に戻る。
しかし部室前で立ち尽くす山口に、思わず心の中で首を傾げる。

「ねえ、ツッキー」

そんな僕に気づいた山口が神妙な顔つきで話しかけてくる。僕が怪訝な顔をすれば、いつもだったらやっぱりなんでもない、と言うところだったのに今日はどうやら違うらしい。

「…名前ちゃんのこと、なんだけど」
「あいつがなに」
「…」

黙り込む山口にはあ、と小さくため息をつきそうになる。なんなんだこいつは。

「なに」
「名前ちゃん、最近…変、じゃない」

疑問形でもなく、断定。
山口も薄々気づいているのか、と思った僕に焦りの混ざる山口の表情。それが何を表しているのか、僕にはわからないけど。

「ねえ、ツッキー」
「だからなんなの」
「さっき…名前ちゃんが」
「月島ー、うちのクラスの女子が名前ちゃんつれてったけど…」

清水休みだから部室の鍵あいつ持ってねーか?、と続く主将の声は段々と小さくなっていって。気付けば僕は走り出していたらしい。


「ウザいのよ!」

ベタなリンチの場所といえば、やはり体育館倉庫か体育館裏か裏庭か屋上か。部活が始まる時間に体育館近くはないだろう、とあたりをつけて屋上に来てみれば案の定。ヒステリックな女の叫び。
煩いな、と関わりたくない、が半々くらい。でも鍵を返してもらわなくちゃ部活ができないとも思う。ひっそりと扉から顔を覗かせる。どこかで見たことのあるような女が数人と、いつも隣でうるさいあいつの姿。
はあとため息を小さくついて、一段落したら出て行って鍵だけもらおうと思う。そう思っていたのだけど。

「あの早くしてくれませんか。部活始まっちゃうんで。あの鍵がですね」

敬語でそうズケズケと言い放つそいつを本当に尊敬する。いろんな意味で。
けどまあ当たり前に女子の先輩は怒りで顔を赤く染める。上げられた手に、考えるよりも先に僕の体は動いていた。本当にありえない。
名前の小さな身体の上の顔を狙った手のひらは、僕の手に掴まれていて。真っ赤だった顔を真っ青に染めて行くその姿を鼻で笑いたくなる。

「何してるんですか」
「あの、だって。月島くんも、めい、わくでしょう?大地にも菅原くんにも、なれなれしいじゃない」
「はっきりいって貴方達の方が邪魔ですけどね僕等からしたら」

その言葉に先輩方は面白いくらいに目にいろんな意味での涙をためて、最後に名前を睨んで逃げて行った。
はあ、とまたため息をつけば後ろから小さく逃げようとするような足音。ばっと後ろを振り返り首根っこを掴む。逃れようと暴れるこいつに問いかける。

「…最近ずっとだったのになんで隠してたの?」
「知ってたの」
「そりゃあね。ばればれ」
「だって、迷惑かけたくなかったもん」

そういって目を逸らすそいつに腹が立つ。どの口が何を言っているんだ。

「迷惑なんてずっとかけられてると思ってるけど?毎朝の大声の挨拶に、毎日の宿題の写し、マネージャーという名のストーカー。他にもたくさん」
「う、それは親友だから」
「ふうん…じゃ、これは?」
「だって…迷惑」
「親友なんでしょ?いいんじゃないの」

手を離して地面に落とす。慣れないことに少しだけ顔に熱がたまる。しばらくの沈黙に息が詰まる。

「…蛍、くん」
「いくよ部活」
「うん!」

僕がそう言って足を踏み出せば、名前も足を踏み出す。僕の後ろをその短い脚でついてこようとして少しだけ早くなる足音になぜか満足した。

親友と親友?
(ただの親友)
katharsis