崩れるのは簡単で
「名前は俺の幼馴染で」
「中学のころはバスケ部のマネージャーだった」
「つか俺この学校、アンタに誘われる前から知ってた」
「名前が入学したところだったから」
∬
人の噂も七十五日。そんなことわざみたいに高校生の噂話は長う続きはせん。ワシと苗字のことだって一週間せん内に疎らになった。せやけど疎らになったのに、ワシの足は前の様に第二図書館に向かうことはなかった。なんでかはわからん。面倒臭いだけかもしれんし、アイツに飽きただけかもしれへん。
それやのに青峰の言葉がぐるぐると頭の中を回る。なんやっちゅうんや。ワシが知らんこと青峰が知っとるんが嫌?なんでやねん。どうでもいいやん別に。整理のつかない頭。ワシらしゅうない。
こないだまで頻繁にサボってたのが嘘のように、真面目に出とった授業。ワシは久しぶりにサボった。だからって第二図書室に行く気にはなれない。ワシの足は自然に屋上に向こうとった。
屋上への長い階段を上り、扉を開ければ寒い空気が頬を撫でる。
「さっむう…マフラーくらい、持ってくるべきやったか…」
と歩きながら口に出して気付く。マフラーはアイツにやったんやったっけ。
「…」
思わず眉間に皺が寄る。なんやこの気持ちは。
そんなワシの思考を遮るよう閉めた扉が開く音がした。
∬
今吉くんが来なくなった。
彼だって受験生だし、別に来てほしいってわけじゃない。でもこの間まで結構頻繁に来てたから、柄にもなく風邪でも引いたのかなって思ってた。でもなんか違ったらしい。いつもみたいにくしゃくしゃにされてた私の私物に答えが書いてあった。
“今吉くんに馴れ馴れしくしてんじゃねーよ”
“優しいから出かけるの断れなかっただけだから今吉は。調子乗んな”
あーこの間の見られてたんだ。
クラスメイトの痛い視線を感じながら、私物を鞄に戻す。教師にばれない為か鞄は常に汚されることがない。屋上へ向かうために教室を出た。
大くんと黒子くんの試合を見に行ったWCで初めて知った彼。大くんの事信じてくれてるんだってプレイで伝わってきた。個人技重視のあのチームで、最強が大くんだって信じてくれていた人。クラスメイトだってことはWCが終わった後の放課後初めて知った。虐められてる私なんかに話しかけた変わった人。
悪い事しちゃったなー。謝らないとなあ、とは思ったけどまあ急いでも会えないか。
考えることを止めて、私は屋上の扉を開ける。
扉を開けた先に見えた人影に思わず私は声をかけた。
「あ、今吉くん」
いたのは今吉くんだった。眉間に皺を寄せ、いつもみたいなちょっと胡散臭い笑顔を浮かべていない。あ、噂になったこと怒ってるのかもと思った。
「なんしとんの、苗字」
さんを付けられなかったことに少し驚く。やっぱり怒ってるかな。
「授業サボり。今吉くんもだね」
「…せやな」
プツリ、と切れる会話。ああ怒ってる。馬鹿な私。
「ねえ、今吉くん」
「なんや」
「ごめんね」
今吉くんの眉間の皺が更に深くなった。
「私なんかと噂になっちゃったじゃないごめん」
「……」
「本当にごめんね。クラスメイトと今吉くんの邪魔しちゃ駄目なのにね。今吉くん優しいから甘えちゃった。ごめん」
「何であやまっとんの?」
不機嫌だった。今吉くんの感情なんて読めなかった。読めなかったのに、今はわかった。今吉くんはとんでもなく不機嫌だ。
「だって、私なんかよりクラスの」
「お前、それ本気でいっとる?」
「クラスメイトと居るくらいやったらお前と居った方がおもろいと思ててんけど。もうええわ」
屋上から出ていく彼を見て、ひさしぶりに問題に間違えたことに気付いた。
崩れるのは簡単で
(崩れる直前までは気づけないの)