知られた秘密
「もうええわ」

ワシが苗字に向けて言った言葉。八つ当たり、そうも取れるかもしれん。なんでこないもやもやしとるんかもわからん。ひたすら手と頭を動かして勉強に集中しようとしても、頭を横切るのは青峰の言葉とあの言葉、そして苗字の顔。なんなんや。

「い、おい今吉」
「ん?ああ諏佐か。なんや」
「お前、大丈夫かよ。ぼーっとして、風邪ひいてたりしてねえだろうな」

登校中に偶然一緒になった諏佐と図書館で勉強したときぶりに会話をした。部活で会わんようなると、なかなか会話もせえへんようになるな。

「風邪なんて引いてへんよ」
「…まあいいけど。引いたとしても俺に移すなよ」
「なんやそういわれると移しとーなるな」
「しゃれになんねえからやめろ」

真顔でため息をつきながらそういう諏佐に少しだけ落ちついた気がした。三年一緒やったチームメイトは大切やな。柄にもなく諏佐に感謝した。

 ∬

クラスは相変わらずの雰囲気や。まあ、そやけどやっぱピリピリしてきとるような気もする。まあしゃあないか。ワシはクラスメイトに適当に挨拶をしながら自分の席に座る。斜め三つ前の苗字の席は空席。すこしほっとした自分がおった。

「今吉ー」

参考書を持ちながらワシの席に近づいてきたクラスメイトに、解き方を教える。こんな風景も後一ヶ月ちょいで終わりか思うと感慨深いもんがある。ワシはできるだけわかりやすいように説明しながら教えたる。にも関わらず、よくわからないらしいクラスメイトは首を傾げとる。はあ、とため息をつきそうになるがそれは我慢せなあかん。面倒事はこれ以上増やしたくない。

もっとわかりやすく説明しようとしたワシの耳にとどく、ドアを引く音。そして同時に教室内に波のように伝わるざわめき。

なんやねん。ドアの方に向けて目を向けるワシとクラスメイト。

ざわざわと、クラス中を驚かせたその原因は視線の数にたじろぐこともなく、悠然と颯爽と足をすすめ自分の席に向こうた。

ワシの斜め三つ前の席。
いつもどおりの服装。いつもどおりの表情。それやのに、いつもどおりの姿には程遠いその姿が何故かっちゅーと、そら彼女の顔には眼鏡がなかったから。
すなわちそれは、あの整った顔がクラス中にさらされた。そういうことやった。

唖然とするクラスメイトを尻目に、彼女は席に着いた。



知られた秘密
 (秘密に思っていたのは僕だけで)

katharsis