影浦隊の問題児

※第164話「玉狛第2 S」より

 空閑遊真にお好み焼きを食べさせるべく訓練後、影浦によって突然集められた影浦隊プラスαは影浦の実家である「お好み焼き かげうら」にて雑談を交えつつ、時には真剣にランク戦についての意見を交わしていた。
「おーー寂しい男どもよ!ヒカリさんが来てやったぞーー!」
 食事も終盤に差し掛かった時、その場に紅一点、影浦隊の仁礼光が後ろに男を伴って現れた。連絡してあったにも関わらず、全員の腹が満ちてからの登場となった仁礼に影浦が呆れた視線を送る。
「おせーよ、もう食い終わったぞ」
「名前が遅かったせいだな!アタシにも一枚焼け!」
 絵馬が帰り、空いた席を北添に詰めさせて仁礼はメニューを手に吟味を始めた。仁礼の後ろにいたこちらも影浦隊に属する苗字名前に当真が声をかける。
「お、来たな。問題児」
「久しぶりなのにその言葉はやだなあ。当真くん」
 にこにこと朗らかに微笑み返事をしながら、隣のテーブルに座っている荒船と穂刈の元へ移動しようとした村上を「僕こっちに座るからいいよ、ありがとう」と制して、席の空いているそちらに名前は腰を掛けた。同校に通う荒船や同部隊に所属する彼らはまだしも、穂刈や村上、当真と会うのは半年ぶりだった。
「荒船は学校で会ったけど、穂刈とは久々だね」
「そうだな。元気にしていたか?謹慎中は」
「まあぼちぼち」
 荒船からメニューを受け取る。ボーダー本部から半年の謹慎処分を受けていた名前は明日でようやくその処分が満了する。処分を受ける際に点数も共にごっそり引かれた為、明日は久々に個人ランク戦から始めなければいけないだろうなあと思案しながら視線をメニューに落とす。隣のテーブルに座っている小柄な彼がこちらを伺うように見ていることには気付いていた。
「僕の顔に何かついてる?」
 顔見知りである影浦の兄に注文を告げるついでに二、三会話をし、仁礼に引きずられて渇いていた喉をお冷で潤し一息ついてからようやく、名前は通路を挟んで斜め向かいの中央に座る玉狛第2のエースくんに微笑んで見せた。
「あなたが苗字さんか。初めまして、空閑遊真です」
「うん。初めまして、僕は苗字名前。影浦隊のガンナーだよ」
「しっています、対戦前にログは見ましたので!」
「あはは、ごめんね。僕出れなかったから無駄になっちゃったね」
 B級ランク戦ROUND4、順調に勝ち進んでいた玉狛第2としては少々痛い結果となったその一戦に謹慎期間真っただ中であった名前は空閑との初の顔合わせである。謝りつつもにこにこと微笑んでいる名前に影浦がガンを飛ばす。
「おいこら名前、テメエ居ねえせいでタイムアップ待ちとかいうクッソつまんねえことになったんだろうが。わかってんのか」
「あはは、二宮さんと一騎打ちすればよかったのに。狙撃で死んだだろうけど」
「駄目に決まってるだろ!」「駄目に決まってるよ!」
 ランク戦でも絵馬の同様の意見を止めていた影浦隊の二人が声を揃えて制止する。そうなることをわかっていた名前はあははとまた笑って、運ばれてきたお好み焼きのタネを受け取りスプーンで混ぜ合わせる。
「ふむ。そういえば、苗字さんはどうして謹慎に?栞ちゃんも知らなかったもので」
「あっはっは、緘口令敷かれてるからな」
 北添にお好み焼きを焼かせている仁礼が、大きく笑いながら言葉を返す。頭にはてなを浮かべる空閑に、何のためらいもなく緘口令が敷かれている事実を告げたのは影浦だった。
「C級辞めさせたんだよコイツ」
「ふむ?」
「九人を一度にな」
 言葉足らずな回答に付け足して説明を加える当真は、肩をすくめる。現在ここにいる人物は少なからずその事件を知っているようで当真同様にどこか苦々しい表情をしている。
「ふむ、何かあったので?」
「どうだろうなあ。あったのかもしれないしなかったのかもしれない」
 緘口令が敷かれた原因を知られながらも、笑顔を崩さずに答える名前は空閑のサイドエフェクトを知っているかのように答えを濁す。白とも黒とも取れないその様子に空閑はむむ、と口をとがらせる。
「嵐山隊のアンチだったんだと。コイツ嵐山さん大好きだからな」
「そうなのか?名前」
 誤魔化す名前に先日のランク戦の恨みが消えていない影浦はあっさりと暴露する。初耳だった影浦隊以外の面々が名前に視線を寄越すので、隠していたわけでもないが名前はうーんと頬をかいた。
「あれ、知らなかった?名前、嵐山さんの事大好きだから普段から嵐山アンチには冷たいよ」
 北添はそう言ってから、仁礼のお好み焼きを綺麗に反した。
 入隊日に嵐山隊は顔だけだと言っていたC級の三人組を空閑は思い出した。ああいう連中はどこにでもいるらしい。
「こいつの冷たいってエグいだろ」
「え〜そんなことないよ」
「よく言うぜ」
「進学校の優等生か。これが」
「おい穂刈、俺を見るな。俺は関係ねえ」
 余波で同じく進学校に通う荒船が穂刈の視線に否定を返す。出来上がったお好み焼きをさらに取り、箸でつまみながらそういえばと名前は最近また減点を食らったという影浦に笑う。
「フロアでC級の首刎ねたんだって?また点数引かれたって光に聞いたよ、馬鹿だなあ」
「あ゛?殺すぞ」
「そういうのはバレないようにやらなきゃ駄目だよ」
「テメエ、バレた癖に何言ってんだ」
「うーん痛いなあ。もうしないって」
「バレねえようには、の間違いだろそれ。怖えっつーの」
 否定はせず名前はにこにこと笑ったまま、お好み焼きを食べている。じっと白い髪をした彼がこちらを眺めているのがわかった。

「ねえ、苗字先輩ってかげうら先輩達のこと、どう思ってる?」
 その帰り道、バイクで来ていた北添と名前がそれぞれ仁礼と空閑を送ってゆくこととなった。名前はやってきた時と同様に仁礼を送っていこうとしたが、空閑が名前ともっと話してみたいと言ったのを仁礼が許可したのだ。
 空閑は名前にフルフェイスヘルメットに仕込まれたインカムの操作方法を聞いた後、背中に捕まった。滑らかな加速に不安を覚えることはない。スピードに乗って、玉狛支部への道を走る途中で空閑はずっと聞きたかったことを聞くことにした。
 名前が来る前に影浦は言っていた。サイドエフェクトの影響で基本的に奇襲が通じない影浦に、感情を決して攻撃してくるのは東と空閑と、そして自分の隊の名前だけだと。その時はそういう人もいるのだろうとそう思う程度であったが、実際彼と会ってみて、戦闘のログを見た違和感を思い出して、それでようやく思い当たった。彼は何も見ていないのではないのか。常に冷静沈着、底が見えない。誰しも持っている筈の感情の波が見えない。影浦は空閑をメカかムシのようだと称したが、ならば彼は何なのだろう。彼の感情は常に凪いでいる。
「面白いなあと思ってるよ?」
「…迅さんも教えてくれなかった。先輩は結局、C級隊員になにをしたんだ?」
 恐らく、ボーダー内でもっとも情報を有しているであろう迅さんがちょっとやそっとでは何とも思わない空閑に対しても口を噤んだ何かを彼は行ったのだ。
「うーん。何をしたんだって、ただ普通に――

 指先から少しずつ順番に切り落としただけなんだけどねえ」

 平然と彼はそう言った。
「トリオンって血液みたいだけど、切り刻んで行ったときに緊急脱出するまでに出血死よりもはるかに時間がかかるって知ってる?あ、知ってるか。空閑君、近界民だもんね」
 続けて述べられるその言葉に、空閑は言葉を失う。どこから情報が漏れたのだろうか。空閑がボーダーに入った直後、知られる可能性のある期間、彼はずっと謹慎だったのに。そんな空閑の脳裏を過るのは、迅のサイドエフェクト。
「そうそう、大正解」
 玉狛が真下に見える河川敷でバイクを止めて、名前は空閑を振り返る。
「僕のサイドエフェクトは千里眼。まあこれトップシークレットなんだけど」
 トップシークレットといいながらも、その口調は軽々しい。何もかもがどうでもいい。普通とはかけ離れた初めて出会った人種に空閑は言いようのない不快感に目を細めた。



連載再開記念企画の没ネタ
 影浦隊ガンナー。投擲、刺し違えとか諸々の理由でスコーピオンは入れるだけ入れてる。
 根っからのサイコパス。ボーダーはお気に入りなので、比較的良い関係を抱けるように一応努力してる。
 会見を見てて、本心で狂った本音を述べた嵐山さんが特にお気に入り。ナチュラルボーンヒーロー様。
 実は千里眼のサイドエフェクト持ち。診断の時にうまあく誤魔化したのでバレていない。迅には今回の事でバレそう。
 表面にでなければそれはないと同じ事という思考で、自分の為に暗躍する。誰にもバレない事実は迅に見えないと思う。
 未来を見るサイドエフェクトは迅が出会わない人間には作用しないし、彼自身も基本的に迅の前に姿を見せない。
 C級大虐殺(トリオン体)事件は珍しく大騒動になって、C級が大減少する未来を迅が城戸さんから見ることができたため、一桁人数のC級がトラウマを抱えただけですんだ様子。彼と戦ったC級は温情で記憶処理の後、除隊した。
「うーん、迅さんにバレちゃったのはミスったなあ。やり方が甘かったね」
 影浦に常に感情を向けてこないという理由で好かれている。ボーダーはお気に入りではあるし、共にいるけどまあなんてことはない、結局のところ誰にも興味がないだけ。



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