盗み見する他人の運命
「…ネタが尽きた」
うぐぐと唸りながら、名前は頭を抱える。手元にはキーボードと、目の前に空中投影型のモニターが複数展開されている。
名前=苗字。児童文学作家として有名な彼女は現在連載中の「ワールド×ハンター」の原稿を前にしながら唸っていた。
「ワールド×ハンター」とは現在人気連載中の児童文学作品である。少年が、どんな人でも一度は憧れるハンターとして 仲間と協力し冒険をする王道の物語。読む者を虜にするその作品は児童文学ながら子供だけでなく大人をも魅了していた。その人気からアニメ化・コミカライズもされていたが、だからこそ名前は悩んでいた。
魅力的な悪役が思い浮かばない。
皆が待ち続けていた主人公の過去編――すなわち 主人公がハンター証を手に入れるハンター試験の話にて、主人公の親友の見せ場となる筈のそのステージの展開が思いつかない。魅力的な悪役が思い浮かばない為だ、と名前は思う。
敵とは主人公達が越えるべき壁であるだけでなく、対比によって主人公達の魅力をさらに引き上げる物だ。しかしながら、元々名前は悪役を考えるのが苦手であった。どの人物にも過去を考えてしまい、非情な悪人に仕切れない―それが名前の作家としての圧倒的な弱点であった。
それも今までは過去のストックを用いることでなんとかしてきていたが、前作に引き続き、「ワールド×ハンター」を長年連載する中でそのストックも切れてしまっていた。
「うーん、あいつも仕事だしなあ…」
普段相談している自称盗賊団(ハンター証持ち)は、一ヶ月前に仕事で暫く連絡が取れないと言っていた。
彼はかの幻影旅団に酷く憧れを抱いているのか、自身を旅団員だと度々口にする。その度に名前は証持ちが何を言っているのかと思いながらも、貴重なハンター証持ちのネタ元として仲良くさせてもらっている(ちなみに、そのお礼として名前のアナグラムを「ワールド×ハンター」に出てくる盗賊団の参謀の名にしたらすぐにバレて大笑いされた。頭の良い、察しの良い男である。ああ、同僚に羨ましがられたと自慢もされた)。
そんな自称盗賊団のネタも期待できない状況で、名前は締め切りが一日一日と近付くのを まるで絞首台に立たされる気持ちで原稿に向かっていた。
原稿を作成している画面とは異なるところに今まで自称盗賊団から得た情報や、巷の事件の情報が映し出されている。―カタカタ、とキーボードを鳴らしてさらにその情報を展開する。
そこで名前は一人の犯罪者の記事を再度確認した。
「解体屋ジョネス」
『おいジョネス、出番だ』
目覚めると、名前は見覚えのない場所に座っていた。男の声が少し離れたところから聞こえ、そちらからオレンジ色の光が差し込む。
意思とは反して、名前の身体がその光の元へ歩み出す。
(えっえっ、何これ)
これが二重人格か?などという何処かズレた考えも頭を過ぎるが、そんな事は身体には関係ないらしい。明らかに普段より視線は高い。
ゴト、と音がして枷が落ちる。手足が拘束されていたらしい。勝手に動く手足が、着ていたローブを脱ぎ捨てる。視界に筋肉質な身体が映った。
手が壁に伸び、力が込められる。ミシ パキッとまるでクラッカーの様な軽い音を立てて、握力のみで壁が握りつぶされた。
(はあ!?えっんんん?)
『久々に、シャバの肉をつかめる…』
名前の口からはやはり意思とは反した低い男性の声が出た。パラパラと握りつぶした壁が空気に乗って、流れ落ちる。
『!!おい キルア』
大きな正方形のブロックを挟んで、その向こうで男が叫ぶ。そこには何となく見覚えのある面々が並んでいるが、名前の身体はそれに何か反応を見せる事はない。
『勝負の方法は?』
少年が目の前にやってきて、こちらを見る。白い髪に猫の様な瞳、酷い既視感が名前を支配していた。しかし身体は勝手に言葉を紡ぐ。
『勝負?勘違いするな』
低い声。
『これから行われるのは、一方的な惨殺さ。試験も恩赦も俺には興味がない…肉をつかみたい。それだけだ』
確かに名前の口から出ているその声に、名前自身の背が凍る。ゾワリと感じたそれは確かに激しい嫌悪であり、恐怖であった。
『うん。じゃあ、死んだ方が負けでいいね』
それなのに、少年はなにごともなかったかの様にあっけらかんとした表情でそう言ってのける。
『ああ、いいだろう。お前が』
そして、名前が発した言葉は最後まで続かない。一瞬で少年は名前の背後に立っていた。ビクン、ビクンとなにやら脈打つ物体を持ちながら。
『か、返』
返してもらったところで無理だろう。何処か冷静に、名前は晒さぬ視線を少年に向けながらそう思う。
ニヤリと美しくも残酷な笑みで、少年は手にある名前の心臓を握りつぶした。まるでさっきの壁の様に宙に弾け飛んだ肉を見ながら、名前は事切れる。
死んじゃった。その間際は、不思議と冷静であった。
「っ!!」
名前はキーボードにうつ伏せになった状態から飛び起きた。はっはっと浅い息が繰り返され、その度に激しく心臓が鳴る。
「ゆ、夢…?」
キョロキョロと辺りを見渡すも、そこは先ほどの洞窟の様な場所でなく自分の部屋。自分の意思で身体が動くか、思わずグッパ―と手を動かした。
酷くリアルで、そして酷い夢だった。そして思う。既視感のある少年は正に、いつかの夢で見た「ワールド×ハンター」の主人公の親友に酷く似ていると。
「あはは、夢に見ちゃうほど悩んでたのか…」
冷や汗をかいたのか、背中がじんわりと濡れていた。シャワーを浴びたいとも思うが、名前の手はキーボードに向かう。目が原稿に向いて、次の瞬間。目覚める前までの迷いが嘘の様に、手は淀みなく原稿に文字を打ち込んでいた。
続くかもしれない設定
デフォルト名:ヴィーラ=ノベライト(26)
人気児童文学作家。代表作「幽霊☆白☆書」「ワールド×ハンター」はアニメ化もされた。
幼い頃からまるで体験している様な夢は見ることがあった。魅力的な悪役について悩んでいると同様の夢を見るようになった。毎回、死にかけるか死んで目覚める為、とても心臓に悪いがお陰で仕事は捗る。
友人にネタ元の自称盗賊がいるが、ヴィーラは信じていない。
▼特質系能力者
『盗み見する他人の運命』
ヴィーラが幼い頃から気付かない内に身に付けていた念能力。夢の中で他人に乗り移りその運命を体験する事が出来る。
実は自分で望んだ知らない所を知る予知夢として使うことも可能であるが、ヴィーラは作品のネタ元として使うだけなので(少なくとも今までは)知らないし、誰にも知られていなかった。