グレースケールの世界に愛を

 霧崎第一高校バスケ部が練習に使用する第二体育館。そこに向かう途中の階段下にある一室。高校にあるのがおかしいような、本格的なその暗室は理事長の好みで設置されたらしい。しかしその場所を誰かが使っている様子は未だ誰も見た事がない。
 それでもふと目を止めるのは、きっとその部屋の空気が、花宮の記憶にある薄い金色を呼び起こすからだろうか。
「花宮、いくぞ」
 毎回のことのように、暗室の前で足を止める花宮を古橋が呼ぶ。その声に、頷くこともなく名残惜しそうな様子もなく、花宮は体育館へ足を進め始める。
 柔らかいピンク色が鮮やかな桜が風でなびく、四月四日は花宮真が二年生にあがり、入学式が翌日に迫ったいつも通りの日だった。




カシャ、カシャ

 いつものようにシャッターを切る。耳慣れた音が心地よく響き、見慣れたグレースケールが一枚、また一枚とフィルムに焼き付けられているのを音から感じる。ああ、早く暗室に入りたいなとそう思う。
「明日から、高校生かあ」
 授業は少し面倒臭いけど、自由に暗室を使っていいのは有難い。風呂場でもよかったけれど、やっぱりちゃんとした暗室で行なう作業は楽しいから。理事長な親戚様々である。
 明日の入学式の前に人の少ない学校を撮りたいと思って入校許可を貰った。親戚だからというのもあるだろうけど、思った以上に簡単に出た許可に小さく笑ってしまう。桜と校舎を一枚。翌日が入学式なのに、僅かにいる生徒達は部活だろうか。

カシャ、カシャ

 シャッターを切る。サッカーボールを蹴る彼らを一枚。ランニング中の彼らを一枚。青春だなって感じがする。
 校舎内は明日の入学式の為か、紅白であろう飾り付けがなされている。カシャリとまた一枚。始業式が終わり、午前中で解散となったため校舎内にほぼ人の気配はない。校舎内の地形は知らないけど、出会うものは取っていきたいからと適当に歩き回る。暗室の場所だけは聞いていたから、そこは最後にして。私は人のいない学校を歩き回った。



 午後六時を過ぎて、昼から始めた部活が終了する。一年がいないことと、監督が変わり三年がほぼ引退したことから体育館内のモップをかけているのは二年生だ。
「あー明日から授業とか怠すぎ」
「課題終わってんのか?」
「あと一教科〜」
「まじかよ!俺あと三つはあんのに」
 そう言い合いながら、我先にとモップをかけてゆく二人を横目にみて小さくため息をつきながら、花宮は日誌を閉じる。あれほど終わらせろと言ったのに、と僅かな苛立ちがたつものの今言ってもどうしようもない。帰りに一言脅すことを心に決めて、部室へ向かう為に体育館を出た。
 まだ夏場のように昼が長くないため、もう外は暗い。一年が入ってくることも考えながら、明日からのメニューを頭の中で作り、足を進めていれば、鼻を刺激する酸っぱい匂い。嗅ぎ慣れていた懐かしい匂いに、視線は思わず階段下へ向く。
 閉じられた扉と暗室の文字。いつもと変わらないはずなのに、匂いだけじゃない。何かが違っているような気がした。
「なにこの匂いー」
「酸か?」
「さんなバカな」
「クッソつまんねえ」
 暫く立ち尽くしていたであろう花宮に、モップ掛けが終わったチームメイトの声がする。そして同時に、暗室の扉が開く。騒がしい後ろの声に反応するよりも、暗室から姿を見せる薄い金色に目を奪われた。
 後ろからやってきた四人は止まる花宮を不思議そうに見て、その視線の先の女を見る。首から下げた学校関係者の文字。不自然さのない綺麗な薄い金色の髪と深い青色の瞳。日本人離れした顔立ちでラフな格好の女がそこにはいた。
「え、だれ」
「しるか」
 ボソボソと喋る原と山崎の声に女は気付いたようにそちらに視線を向けて、それからぱちくりと瞼を瞬かせた。顔に似合わない幼い動作だった。






いつかのメモの色覚異常のカメラマンのお話一話目。

カメラ詳しくないので、現像の匂い実際知りません。漂ってくるのかもわかんない。
知識ないから書かないかなあって感じ



katharsis