B級11位 荒船隊


 頭に入るわけでもない教科書をパラパラめくりながら半崎義人は、手に持っていたシャープペンシルをくるりと回す。与えられた宿題は仕事の前に終わらせてしまえという隊長の言葉から、学校から作戦室へ直にやってきた半崎は楽しくもない宿題に向かっていた。
 それでも元々勉強は好きじゃないし、進まない宿題に思わずため息が出る。
「ダルい」
「全力で同意」
 半崎の言葉に全力と言いつつ覇気ゼロで返事をしたのは、同級生で同じく荒船隊に所属している苗字名前だった。宿題を広げる半崎の目の前でその身体をぐてりとテーブルにくっつけて怠けている。とことんやる気がない。
 苗字から視線をずらして、時計を確認する。宿題は進んでいないが時間は過ぎて行く。ああダルい。
今日のシフトは二十時半からで、同じく荒船隊に所属している先輩三人が返ってくるにはまだ時間がある。いくらボーダー推薦があるとはいえ彼らは受験生であって、まだ一年生の半崎と苗字と比べると防衛任務と勉学の両立が遥かに忙しい。
「受験とかもうやりたくね〜」
 半崎の考えを読んでいたような苗字の言葉には心底同意する。とはいっても部隊において狙撃手を請け負う荒船、穂刈、半崎と異なり、トラッパーという特殊な役割を与えられている苗字は半崎と比べて遥かに頭がいい。一度見たものは大体忘れないし、数学なんて半崎が一時間かけてもわからない難しい応用問題を数秒でさらっと解くのだから正直やってられない。半崎がダルいと文句を言いながらやる宿題を、いつも授業中と授業間の休み時間を使ってあっさり終わらせてしまうのだ。
 明らかにレベルの高い進学校にだって進めた筈の苗字がボーダー隊員内では普通校と称される方の学校に通っているのは、やる気がないからっていうのと多分半崎がこっちに通っているからだ。
「別に勉強なんてどこでやっても一緒なんで、友達がいる方がいいっス」
 隊内で唯一進学校に通っていた荒船にこっちにくるのはどうかと誘われてはいたが、そう言ってあっさりと蹴った苗字はまだ記憶に新しい。隊員が一人もいない荒船は実は悲しんでいたらしいがそれはしょうがない。というか、あの人オレたちのこと結構好きだよな。
 別々の中学校に通っていた半崎と苗字が知り合ったのはボーダーでだったが、妙に馬があった。頭の作りは苗字の方が遥かに良かったし、一緒に荒船隊に誘われて入ったらいつの間にかトラッパーになってたけど。好きなゲームも一緒、好きなアイスも一緒。最低限の力で最大限の結果を出したいところだとか、その為にはダルい練習だって頑張るところも似てる。言葉には出さないけれど、二人でだらだらしてるのが半崎は結構好きだった。
 一向に埋まらないノートを開いたままシャープペンシルをくるくると回す半崎の前で、身体を起こした苗字はポケットからスマホを取り出してアプリを起動させる。半崎もやっている英雄や偉人を使い魔として召喚するロールプレイングゲームだ。
「そういえば、ゲーセンにアーケード出てんの行く?」
「あれ?いつからだっけ」
「今日」
「初日並ぶからヤダ」
「ボーダー補講で次フリーなの一週間後」
「うわダルいわ。忘れてた」
「どうするよ」
 タンタンタンと三枚カードを選択したであろう苗字は画面を横目に見ながら、首を傾げてこちらを伺う。
 テスト前に開かれるボーダー所属者の為の補講(通称ボーダー補講)は仕事がない限り出席が必須だ。出席日数の不足がちなボーダー隊員の救済処置で、サボると進級に直に響く。ざっとテスト範囲を先生が説明して、配られたプリントを仕上げるだけだが仕事がない日に数日にわたって行われるそれはとにかく精神的にくる。終わった後にゲーセンに行って並ぶ気力はない。
「…今日行こうぜ。仕事の後」
「補導対策は?」
「荒船さん達に私服でついてきてもらう」
「んじゃ義人はそれさっさと終わらせろよ」
 指差された先にあるのは言うまでもなく、一向に進んでない宿題だ。今日の仕事が終わるのは二十二時前で、それから夜食を食べてゲーセンに向かうとすれば帰りは二十三時は余裕で越える。厳密に言えば荒船さん達だって高校生だからその時間の出歩きはアウトだが、ボーダー隊員はお金を貰って仕事をしているからか基本的に大人びて見えるし、制服姿でさえなければ高卒には見える。
 一週間既に出ていることがわかっていてアーケードを我慢するのは嫌だし、そもそもゲーセンに行けない憂さ晴らしをここでしておかないと死ぬ。
「わかんないとこ聞いていい?」
「いいよ」
 回していたシャープペンシルを指に収めて、芯を出す。ゲームの為なら嫌な宿題も少しはやる気になる。
 荒船隊作戦室には微かな時計の進む音と半崎のノートを埋める掠れた音、そして苗字のスマホの画面をタップする単調な音だけが響いていた。


「んで、今日は何だ?半崎」
 防衛任務後、作戦室で今回の振り返りがひと段落して荒船隊隊長 荒船哲次が半崎を見てそう言った。全員が仕事の前にラフな格好に着替えている為、いつも通りならもうそろそろ解散だ。
「そんな分かりやすいっすか?」
「分かりやすいな。英語なんだろう、今日は」
 作戦室のテーブル脇に置かれた半崎の英語の教科書を持って穂刈はひらひらと揺らしてみせる。確かに英語の宿題が出た日の半崎は仕事が終わった後にも荒船に見てもらいながら、だらだらと終わらせることが多い。頷きながら、荒船が一年の二人を見る。
「で?苦手な英語を珍しくさっさと終わらせたんだから なんかあんだろ。苗字もか?」
「…ゲーセン行きたいんすよ」
「一年明日からボーダー補講で、今日行かないと一週間後なんすよ、荒船さん!」
「ん?なんか新台あったか」
「FGOアーケードっす」
「今日からだったかあれ」
「オレらだけだと、絶対つまみ出されて終わるんで」
「お願いしまっす!」
 そう言って頭を下げる苗字とそれに続く半崎に、荒船と穂刈は顔を見合わせた後に小さく息を吐く。
「しゃあねえな」
「嫌とは言えないよな。後輩に頼まれたら」
「加賀美はどうする?」
「アーケード気になるけど明日の予習まだなんだよね。数学当たるし一足先に帰る。お疲れさま、お先!」
「お疲れ様っした!」
「お疲れさまでーす!」
 荷物をまとめ作戦室を出て行く加賀美を見送った後、男四人は顔を見合わせ、そして荒船がニヤリと笑う。
「んじゃリクエスト通り、行くかゲーセン!」

 警戒区域の外、距離はあるものの一応ボーダー本部の最寄となっている駅から電車で一本。そこそこ大きく夜間営業のゲームセンターで荒船隊の四人は目当てだったアーケードゲームを前にしていた。
 別のゲームの為に持っていたプレイデータ保存用のカードを置き、ゲームポイントを購入しゲームを始める。初回プレイで手に入るヒロインのカードに目をキラキラさせる半崎と苗字。普段は気怠げな二人の珍しい表情に荒船達は笑った。
「久々に神引ききたわ」
「礼装四連はドブったかと思ったけどな」
「千円捨てたかと思った」
「わかる」
 B級の為出来高制ではあるもののボーダー隊員として給与の出る彼らは一般的な高校生にしては羽振りがいい。それでもまだ高校一年生。財布の中からあっさりと姿を消した英世に慄きながらも、UFOキャッチャーに限定として出ていたプライズのカードケースも落としてほくほくとした様子だ。
「オレ達は満足すけど、荒船さん達いいんすか?」
「なんかやります?付き合いますし、つーかお金出しますよ!」
「んじゃガンシュー」
「勝負だな。俺たちとお前たちで」
「流石にゲームはオレらが勝ちます」
「チーム戦トータルスコアの比較で!半崎何使う?」
「オレは――」
 ガンシューティングゲームのフロアに向かいながら真剣に話し合う二人に続きながら、荒船と穂刈は顔を合わせてバレないように笑い合う。ひょっとしたら普段の戦術を話し合う時よりも真剣かもしれないのは頂けないが、普段は見られない珍しい後輩の様子に頬が緩むのはどうしようもなかった。
「勝つぞ、穂刈」
 ボーダー補講が終わった後にまた連れてきてやろうと思いながら、荒船はゲーム機に付属されたいつもよりもはるかに軽い銃を構えた。



執筆/公開 2018.10.16


- 1/14 -


katharsis