B級10位 諏訪隊


 その作戦室には普段はテーブル代わりに使われる麻雀卓と大きなテレビ、隊員全員の趣味から壁に並べられた本棚には分野を問わず様々な小説や漫画が並んでいる。
 隊員全員が読書好きなお陰で、本棚に置いていった本の扱いは心配するまでもなく丁寧だ。感想を言う前に皆必ず読破済みか確認してくれるし、読む前にネタバレになる事は決して言わない。勧めれば好みのジャンルじゃなくとも次の日には読み終えている奴ばかり。お陰で隊内を一周するのに一週間はかからず、全員が読破済みの小説が原作となった映画を見ては全員で意見を出し合うことができるのだ。例え総評が満場一致で微妙だとしても、好みのジャンルに偏った魔改造の提案から存分に楽しめる。部隊の作戦室というより大学のサークル染みた居心地の良い空間である。
 特に、あまり本を読むようには見えない外見のせいで人前で趣味を楽しむことを控えている諏訪や小佐野にとっては、特にこの空間がお気に入りで暇さえあれば作戦室に籠っていた。

「っあ〜〜〜〜肩凝った!」
 今日も今日とて作戦室で趣味に没頭していた諏訪は手元に落としていた視線を前に向け、漫画を持ったままグッと背伸びをする。ぽきぽき音を立てながら、倒れ込むように腰掛けていた一人がけのソファの背もたれにもたれかかる。ぐるりと首を回せばまたぽきぽきと音が鳴る。真正面に置かれたテレビの上、時計の針は既に二十一時を越えており、読み始めてから既に五時間は過ぎていた。
 麻雀卓の上には本の山、今手に持っている単行本のシリーズの現在刊行されている全巻が重ねられている。ふうと息を吐き出した諏訪の耳に、扉の開く音が聞こえる。
「あれ諏訪さんだ」
「うわ、どうしたんですか。それ」
 作戦室の扉を開いて現れたのは隊員の苗字と堤だ。堤は諏訪の前に置かれた単行本の山に、そろそろ空きのない本棚をちらと気にしている。
「日佐人が置いてった」
 目の前の単行本の山を紙袋に入れて持ってきたであろう笹森を想像して苦笑いが溢れた。
 苗字は手に持っていたコンビニの袋から缶コーヒーを取り出して諏訪に渡し、人数分の缶コーヒーを麻雀卓の中心に置いた。今日の諏訪隊の防衛任務は夜勤である。トリオン体であるから厳密にはカフェインは意味がないが、夜勤の前に買ってしまうのはもう癖だった。諏訪が読んでいた本を脇に寄せてプルタブを引く様子を横目に、諏訪の側の二人がけソファに腰掛け目の前に並ぶ漫画を手に取る。
「名探偵だ!懐かし〜」
 ざっと百冊近い単行本の山の上から一冊を手に取り、パラパラとめくる。高校生探偵が毒薬によって目が覚めたら身体が縮んでしまっている推理漫画だった。
「そういえばこの間、映画が大ヒットしてましたね」
 苗字と同じくパラパラと目を通している堤は、数ヶ月前にSNSで随分と話題に上がっていたのを思い出す。少年漫画は笹森が勧めてくるものくらいであまり手は出さないので、しっかりと読んだことはなかった。
「お〜そんで日佐人が暫く買ってなかった分揃えたんだと」
「へえ!てか諏訪さん読んでなかったんすか?意外〜!」
「じっちゃんの名にかけて派だしな」
「どこまで読んだんですか?」
「28の途中。は〜〜夜勤までにもうちょい区切りいいとこまでと思ってたが、無理だな。俺今日泊まるわ」
「えっ諏訪さん、明日授業あるんじゃ」
「一コマだけだし、夜勤だから自主休講」
「ひゅ〜〜諏訪さん徹夜っすか!お付き合いします!」
「名前まで!明日学校は?」
「つつみん先輩、普通校明日創立記念日っす!」
 夜勤後に漫画を読むための徹夜は諏訪と苗字の中で決まってしまった様子である。意気揚々と予定を立て始め、堤が止める間もなく夜勤が終了した足でそのままコンビニに夜食と朝食を買いに行く事が決定した辺りで、再び扉が開いた。麻雀卓に積まれた漫画の持ち主である笹森とオペレーターの小佐野が一緒に作戦室に入ってくる。
「もうそろってんじゃん」
「お疲れ様です!」
「な〜日佐人どうする?俺と諏訪さん今日てっちゃんで名探偵読むけど!」
「えっそうなんですか!」
「お〜夜勤終わったらそのままコンビニ行って食うもん買ってな」
「日佐人も明日休みだろ!むしろそのつもりで漫画持ってきたんじゃねえの?」
「いやまとめて新刊買ったら家の本棚に全部置ききれなかったんで…」
 その言葉にそれぞれにも思い当たる節があるのか、笹森以外がああと頷く。それぞれが思い思いに勧めたい本や好きな本、自宅には置き場のない本を持ってくるせいで作戦室内にある本棚も溢れかえりかけている。
「やっぱり、そろそろここの本棚も整理しないと…」
 入室時に作戦室内の本棚を見渡していた堤が全員が思いつつも言いたくなかったであろう言葉を述べる。が、皆が渋るのはこの作戦室が本の保管場所として最高だからである。常に保たれた適度な室温、外から一切入ってこない紫外線。そして何より一番時間を過ごす空間にある、手を伸ばせばすぐに届く読みたい本の山。読書好きにはたまらない空間を崩すのは忍びない。
「やっぱ本棚増やそうよ」
「前も言ったけど、置き場所がないよ」
「雀卓どかす?」
「ふざけんな」
「え〜〜じゃあどうすんの」
 キョロキョロと辺りを見渡していた苗字がぽん、と手を打つ。
「新しい本棚入れるんじゃなくて、ソファ置いてあるとこ以外の壁を本棚にしちゃいません?」
「ん〜テレビはどうすんの?」
「テレビのとこは本棚の中間にスペースつくってもらって、それ以外は天井から床まで本棚にする!ハシゴつけてもよくね?」
「主人公の家の書斎っぽくていいですね!オレ好きですよ!」
 持ってきた漫画の主人公の自宅である大きな洋館の一室を思い出した笹森も乗り気で声を上げる。元々本が好きな彼らにとって自宅にある書斎は夢の一つである。
 つい先ほどまで例の漫画を読んでいた諏訪も雀卓を退かせばいいのにと思っていた小佐野も、堤でさえもふむと思考顔だ。そこには浪漫があった。
「…ありだな。そうなりゃ俺のじっちゃんの名の方も持ってこれるし」
「本部はトリオンで作られてるらしいし、案外いける気がする…」
「冬島さんか、寺島か…」
 全員が目をキラキラと輝かせている。ピピピ、と夜勤開始時刻が近付いたことを知らせるアラームに気合をいれて諏訪は立ち上がる。
「よっしゃ!夜勤終わったらまずコンビニ行って、その後に寺島んとこ行くぞ」
「いや諏訪さん、その前に皆で要望まとめた方がいいんじゃないですか?」
「日佐人と小佐野も明日休みだし、コンビニ行って夜食食いながら徹夜で練りましょうよ!」
「いいですね!オレ、本棚の高さ変えられるようにしたいんですけど」
「最高じゃ〜〜ん!」
 いつもより数段高いテンションで夜勤に向かい、いつもより数段キレのよい動きを見せる諏訪隊のメンバーは知らない。一室だけそんなコストはかけられないと徹夜して作った理想の書斎計画が、寺島によってあっさりと却下されることを。
 そして、それを風の噂で聞いた来馬に二重構造の本棚を譲られて一件落着となるが、余裕のある本棚に全員が調子に乗り、数ヶ月後に再び同じ事態に陥ってしまう事を彼らはまだ知らない。



執筆/公開 2018.10.17


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