B級4位 玉狛第2


「オペレーターがこれ、だと?」
 次の公式戦、B級ランク戦ROUND7まで残り一週間のその日――入隊から即座にB級に上がり、玉狛第2への所属を決めたヒュースは紹介された少女に眉を顰めた。三雲にオペレーターだと紹介された少女は小柄な雨取千佳よりも更に小柄であり、誰がどう見ても小学生にしか見えない。
 ヒュースの不満げな言葉にも少女は顔色一つ変えず、じっと足元を見つめている。
「うん。次の試合から彼女が正式に僕らのオペレーターになるんだ。苗字ちゃん、自己紹介を―」
「苗字名前」
 三雲に促され、名前を名乗るが決して目を合わせない。なるべく貴方達とは関わりたくない、そんな思いか透けて見えるような自己紹介であった。ヒュースはその不快さを隠さずジトっと名前を見て、この場にいる宇佐美を指す。
「そいつがオペレーターだったんじゃないのか」
「アタシは本来玉狛第1のオペレーターだからね。遠征目指すのに私じゃ本来良くないんだよね」
 名前ちゃんが了承するのに時間がかかってギリギリになってしまったと、苦笑をこぼす宇佐美に名前は我関せずといった表情を崩さない。割と予想通りであったが、初対面の名前とヒュースの相性は良くない。
その様子に何とか打ち解けてもらえないかと空閑が口を開く。
「ヒュースは知らないだろうが、名前もずっと玉狛にいたんだぞ」
「ここでは一度も見てないが?」
「ふむ。名前のような者を引きこもり、というらしい」
 悪気なく告げた空閑に三雲も宇佐美もあっちゃ〜と思わず表情に出てしまう。忠誠を誓い、主の為ならば命さえ惜しくはないと断言できるヒュースの様なタイプには決して理解できないことは分かりきっていた。
 空閑の言葉の意味を理解したヒュースは嘲るような表情浮かべる。こんな奴に自分たちの戦闘状況の処理、管理を任せるなど愚の骨頂だとそう思っているのが透けて見える。
「おまえは本気でオレをアフトクラトルへ連れて行く気があるのか?」
 そしてその不満の向かう先は三雲であり、三雲は苦笑を隠し得ない。雨取よりも小柄な名前に視線をやるが、彼女は変わらず一切の反応を示さない。
「あるし真剣だ。彼女の力は僕らの強みになる」
「ふん、どうだかな」
 不遜な態度で決して納得しないヒュースに三雲はどうすべきか思案顔になる。が、三雲が答えを出す前に空閑がいつもの得意げな表情で提案する。
「それなら力試しでもすればいい」
「力試し?」
 ああ、と頷くと空閑は何も言わずに部屋を出て行く。暫しそのまま沈黙を保って待っていれば、戻ってきたその手には市松模様のボード。
「チェスか?」
「ああ、アフトクラトルにもチェスに似たボードゲームがあるんだ。おれは親父にやり方を聞いただけだから強くないけど」
 側にあるローテーブルにチェスを並べながら空閑は挑戦的に口角を上げて見せる。
「ヒュースもどうせやってたんだろ?名前を試してみるといい。負けたら大人しく認めろよ」
「…ふん」
 ヒュースは鼻を鳴らし、未だこちらを視界に入れない名前を睨みつける。こんな子供に負けるわけがないのだ、勝ってその愚かな考えを改めさせてやる。そんな気持ちでヒュースは一先ず空閑の駒についての説明を大人しく聞くことにした。


 静かに指された盤上の一手に、ヒュースは奥歯を噛み締めた。目の前の少女は盤上に視線を落としたまま、表情は揺るがない。そして、どれだけ睨みつけても今のこの状態が変わることもない。
「くっ……ありません」
「ありがとうございました」
 剣術に伴って師であるヴィザから戦術を教わっていたはずなのに――その悔しさを隠し切れない表情でヒュースはぐっと手を握り締めた。母国のそれと多少の駒の扱いには違いはあるが、戦略はそのまま使用できる範囲であった。盤上で駒が動かされる度に感じ取っていた実力差は大きくなり、力を認めざるを得なかったのがとても腹立たしい。常に何手も先を見通していたであろうこの少女が、勝ったにも関わらずニコリともしていないのが尚更その感情に拍車をかけた。
 そんなヒュースの感情を知ってか知らずか、ふっふっふとまるで煽るように笑って見せるのだからヒュースは腹立たしくて堪らない。
「どうですかな、うちの名前は」
「…約束は違えん。こいつがオペレーターでもなんでも好きにしろ」
 しかしだからと言って、一度した約束を違えるのは主義に反するのだ。約束通り名前をオペレーターとすることを認めたヒュースに、三雲はほっと息を吐く。
「ふう、一時はどうなることかと思った」
「凄い!凄いね名前ちゃん」
「別に、普通」
 名前の隣に座り、盤上の動きを眺めていた雨取が胸の前で両手をぎゅっと握って興奮したように名前を見ている。その様子に少しだけ驚いたように目を丸めた名前は、目を伏せて素っ気なく返事をした。
「さて、それじゃあとはヒュースのトリガーとかをどうするかってとこか?」
「メインは弧月にするんだよね」
「ああ」
「…トリオンに余裕があるなら、エクスクードの使用を練るのありだと思う」
 先程までとはまるで違い、しっかりとこちらを見る名前にヒュースはぎょっとする。ずっと伏せられ睫毛から微かに覗いていた褐色の瞳は、窓から光を受けて力強く輝いている。
「エクスクードっていうと?」
「鳥丸さんと迅さんが使ってる盾のトリガー」
「ああ、あれか」
「消費トリオンは多いし人気ないけど、固いし何よりそのまま置いておけるのがいい」
 玉狛第2に入る上で足りないと思っていた一つを的確に把握している発言に、確かにオペレーターとしてある程度の力はあるのだろうとそうヒュースは思う。
「雨取さんで崩した地形を好きに作れるのは強みになるし、メテオラでのスパイダー一掃を避ける事もできる」
「チカの狙撃時の防壁にもできるな」
 うんうんと頷きながら話を聞いている他の三人も文句はないらしい。
「それだけじゃなく、弾丸のトリガーもあった方がいいだろうな。曲がるやつがいい」
「うん。私もそう思う」
 今ここにセットする道具がないため作業には至っていないが、チェス盤を挟んで、おおよそのトリガーを決めてゆくヒュースと名前。その様子に、どうなることかと確かに不安を抱いていた玉狛第2の初期メンバー三人は顔を見合わせて微かに笑い合った。



執筆/公開 2018.10.29


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