B級3位 生駒隊


「ちょお待ち、お前らなんやそれ」
 作戦室に入ろうとした瞬間、室内からの制止する声に隠岐と苗字は足を止めた。二人に声をかけたのは我らが隊長、生駒達人だった。隊長命令には従わざるを得ない。
 生駒は入り口で足を止めた二人の手元、より詳しく言えば何かで一杯になっている紙袋に視線を注いでいる。
「それ、女の子からやないやろな」
 こういう時の生駒はとても鋭い。いやあと微かに眉を下げ、頬をかく隠岐はその穏やかな顔の作りもあって、ぱっと見困っているように見える。実際特に困ってもいないが、ポーズは人付き合いを良好に回すために大切だ。
「今日、女子が調理実習やったらしいんですわ」
「んでごろっと貰いました」
 隠岐のセリフに合わせて、特に困った表情も見せずに続けた苗字が生駒に向けて紙袋を開いて見せる。紙袋の中には――調理実習が決まった時にプレゼント用にと予め買って置いたのであろう――可愛らしい袋でラッピングされた焼き菓子が無造作に突っ込まれている。そこそこ大きな紙袋であるので、中の焼き菓子の数は優に両手を超えているだろう。
 紙袋の衝撃に思わず立ち上がっていた生駒は、先ほどまで座っていた位置に腰掛け腕を組む。その顔はいつも通りであるが、心なしか渋い表情である気もする。二人が来るまで生駒と共に過去のランク戦を振り返っていたであろう水上は続きは後だろうと動画を停止し息をついた。大正解である。
 生駒がビシッと二人に向かって指を指す。
「自慢か?それモテ自慢やろ。そういうん良くない。良くないで」
「指差したらあきませんて」
 真剣な眼差しで二人に告げる生駒の手を水上がはたき落とす。そんな漫才のようないつも通りの彼らを見ながら、学年でイケメンツーショットと名高い隠岐と苗字は共に作りは違うが整った顔に、表情の作り方がそっくりな穏やかな笑顔を浮かべ返事をする。

「いやいや全然モテませんから、ついでですってついで」
「まあ言うたら悪いですけど、モテモテですよね」

 隠岐の否定する言葉と苗字の肯定する言葉が重なって、一瞬室内に沈黙が広がった。
「…苗字ってそういうとこあるよな」
「まあ、ありますよね」
「水上さん何言うてるんですか。孝二の思てへん嘘よりマシですよ」
「えっ隠岐ずっと嘘ついてたん?」
「イコさん、ちゃいますって」
 そう言いながらいい加減中に入ることにした二人は、荷物を置くと問題の紙袋を手にいつもの席に座る。生駒の視線が再度紙袋に向けられた。何度瞬きをして見直しても、生駒が高校生だった時に貰うなんて考えられない数の手作りのお菓子である。生駒の頭は嫉妬を通り越し、一つの疑問が浮かぶ。
「もしかして、今の17歳ってイケメンやないと学校行ったらあかんとかそう言う決まりでもあるん?」
「ちゃいますって」
「そうかもしれませんね」
 対称的な反応を返す二人に水上がため息をついた。
「どうせ食べ切れんのでイコさんも一緒に食べましょう」
 紙袋の中から二、三焼き菓子を取り出して苗字は生駒に差し出す。同様に隠岐もさし出そうと紙袋に手を突っ込んでいたが、喜んで受け取ってもらえると思っていた彼らの予想とは裏腹に生駒は、それを片手を広げて制止する。
「いやあかん。そういうんはお前らに食べて欲しくて作った女の子が可哀想や。お前らがちゃんと食べ」
「…イコさんそういうとこ狡いですよね」
「えっほんまに?女の子にモテる?」
「どうやって見せるかが問題ですね」
「なんか案出してくれ」
 そのまま生駒がどうすればモテるのかという議論に入り込もうとした瞬間、入り口の自動ドアが開く。
「あれ、あんたら先来てたん?てっきりまだ学校におると思ってたわ」
「マリオ先輩と途中で会ったんでそのまま一緒に来ちゃいました!お疲れ様です!」
 同い年の隠岐と苗字に声をかけたマリオこと細井真織と、生駒隊最年少の南沢海が二人揃って作戦室に入ってくる。細井の手には隠岐達の袋より小ぶりな紙袋が三つ。
「マリオちゃん、まさか…!」
 今までの隠岐と苗字の会話から、同い年である細井の手にあるのは調理実習で作った何かだと予想した生駒がキラキラとした目(当人比)で細井を見つめる。
「ああ、これか。はい」
 そう言って細井は二つの袋を両手でそれぞれ、隠岐と苗字の前に突き出した。
「あんたらに渡しといてってうちのクラスの子から」
 その言葉に生駒が崩れ落ちた。
「えっなに?」
「そこに紙袋あるやろ、隠岐と苗字がそれぞれが貰ってきたやつや」
「あ〜確かにえらい数貰てたなあ。でも何個か食べたやろ、昼もっとあったやん」
 その言葉に隠岐と苗字があっちゃ〜と顔をしかめた。ガバッと起き上がった生駒は二人のその顔を見て事実だと確認し、再度身体をテーブルに沈めている。
「えっ本当は何個貰ったんすか!隠岐先輩達!」
「焼き菓子量作るから、ついでにおれらに渡してくれただけですって」
「ざっと二十は超えてたけど後は知らん」
 知られたからには隠すのはやめたらしい苗字の言葉に生駒が完全に沈没した。呆れたような水上の視線とマジかこいつという隠岐の視線とキラキラとした憧れの南沢の視線が刺さるが、ザオリクの呪文を知っている苗字には何の効果ももたらさない。生駒を生き返らせるために、苗字は呪文を唱える。

「マリオちゃんが”実はウチ持っとるんやけどどう切り出したらええかな”って顔してますよ」
「……はぁ!?」

 呪文に巻き込まれた細井が驚きに声を上げ、気恥ずかしさに頬を赤く染めた。紙袋を持った手を後ろに回し、残った確かに自分が隊員の為に作ったマフィンを隠してしまう。先程の生駒の期待した視線に渡すに渡せなくて先に二人に渡してしまい、確かにコレどう切り出そうとは思っていたものの!それとこれとは話が別だ。
 誤魔化す言葉とついでに苗字にアホの一言でも投げつけようとするが、そんな隙を与えず生き返った生駒が細井に声をかけた。
「なんでや!いるに決まっとるやろ!いらんのイケメン二人だけや!」
「マリオ、俺味わって食うわ」
「マリオ先輩おれ食べたいっす!」
「おれも食べたいですって」
「俺もマリオちゃんのはちゃんと食べるで」
 全員からの言葉に気恥ずかしさから顔は真っ赤な自信があるが、なんかもう怒鳴る気力がなくなった細井は紙袋を突き出しながら「…苗字は他の子のもちゃんと食べろ」とだけ悪態付いた。



執筆/公開 2018.10.19


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