B級2位 影浦隊


「おい、冷蔵庫にあったアタシのプリン食べたのどこのどいつだ」
 影浦隊作戦室にて、冷蔵庫の中を一通り探し切ったオペレーターの仁礼光は地を這う低い声で問いかけた。狙撃手 絵馬ユズルとガンナーの苗字名前は顔を見合わせ、視線をソファでくつろぐ北添尋に向けた。
「だからゾエさんじゃないってば!」
 三人から向けられた冷たい視線に、北添は両手を突き出して否定する。しかし楽しみにしていたコンビニの新製品、期間限定のプリンが無くなった仁礼はいつもよりも素早い動きで北添に詰め寄った。
「バレてんだよ!冷蔵庫のもんなくなってる時は大体ゾエだ!」
 キリキリとTシャツの胸ぐらを掴みながら、仁礼は北添に詰め寄る。体型か、体型なのか。北添はくっと苦悩の表情を浮かべた。
「だけど!今回は違うって!」
 それでも頑なに認めない北添に、名前と絵馬再度顔を合わせて呆れ顔である。影浦隊冷蔵庫の食べ物が無い事件において、北添は前科二犯である。
 しかしそういう事情もあって、作戦室の冷蔵庫に入れるものには記名をしておこうというのが決まりだったはずで実際、ここの所そういう問題も起きていなかった。絵馬がそれを口に出す。
「ていうか名前書いとけって前にも言ってたよね。ヒカリ書かなかったんだ?」
「だって、本部提出の書類急いでたし…」
 自分にも非がある事を仁礼も自覚はしたものの、やはり食べ物の恨みは恐ろしいものである。仁礼は再び北添に詰め寄っている。
「しょうがないから、もう買ってこれば?犯人どうせゾエでしょ」
 そろそろやりとりにも飽きてきた名前がスマホを取り出して操作し始める。親指が上下左右に激しく動き、何らかの文字を打ち込んでいるらしい。ピコン!とすぐにメッセージアプリの受信音が響く。
「しょうがなくないよ!良くないと思う!毎回そうやってゾエさんを犯人だって決めつけて!」
「テレビつけてい?」
 返信をした名前はスマホをしまい、テーブルの上に置いてある御茶請けから煎餅をとっている。チャンネルを揺らす絵馬共々、既に休憩モードだ。
「いやダメだから!ゾエさんの事なんだと思ってるのさ!」
 必死な形相で二人に叫ぶ北添に、仁礼もヒートアップする。ポチッと絵馬がテレビをつけた。
「さっさとアタシのプリン買ってこいよ!」
「良くない!そういうのほんと良くない!」
 ギャアギャアと互いに互いの意見を喚き散らす。それとは対照的にテレビではアナウンサーが粛々とニュースを読み上げている。パッパ、と絵馬が数秒間隔でチャンネルを変えて行く。特に興味がなさそうにそれを眺めていた名前が、一瞬映ったどら焼きにぽんと、手を叩いた。
「今更だけど、昔ゾエのどら焼き食べたのオレだった。ごめんね」
 その言葉に弾かれたように北添が名前の顔を見た後、素早い動きで目の前にやって来る。その動きは最近のランク戦では一切見ていないくらい素早い。
 そんな北添を目の前に、呑気にバリボリと煎餅を噛み砕く名前に絵馬が呆れた顔をしているのが見えた。
「ねえ!何で今そういうこと言うの!ゾエさんあれ楽しみにしてたのに!」
「仁礼が食べていいって言っ」
「言ってねえよ!絶対言ってねえからな!」
 名前の言葉を遮って、仁礼は否定する。冤罪を被せられるのはごめんだ。
「何でもいいからちょっと静かにしてよ、聞こえないんだけど」
 最終的に番組表を確認した後に、特に興味のある番組もなかったのか先ほどのどら焼きが映っていた和菓子特集をしている夕方のニュース番組に戻ってきた絵馬が至極どうでも良さそうにそう言った。
「どうでもいいわけねえだろ!」

「廊下まで聞こえてんぞ、うっせえな」

 仁礼の言葉に、作戦室の扉を開けて廊下から入ってきたのは影浦隊隊長の影浦だった。耳元に指を突っ込み、相変わらずの態度の悪さである。
「何でカゲが戻ってきてんの?ランク戦は?」
「はあ?呼び戻したの、テメエらだろ」
 その言葉にああ、と絵馬が名前を見る。先程のメッセージは影浦に送っていたらしい。
「廊下にそんなに響いてた?」
 絵馬の視線に微笑んでから、名前は影浦にそう問いかけた。先程の影浦の言葉に流石に騒ぎ過ぎたかと反省もしていた。
 しかしそんな名前のセリフも耳に入らず、影浦は首元をガシガシと掻きむしり、隊員の四人を睨み付ける。
「ちっ…うぜえなテメエらチクチクチクチクと、なんか言いたい事が」

「はいカゲの負け〜」

 イェーイ!と隣にいた北添とハイタッチをして見せる名前と、ニヤニヤ笑っている仁礼。そして最年少の絵馬はそんな年長者達に呆れ顔を隠さない。
「あ゛?」
「だからカゲの負けだって。しりとり」
 仁礼のプリン騒動に北添、更に仁礼、そして再度北添が繋げたせいで唐突に始まったしりとり。その場にいた名前と絵馬は顔を見合わせたが参加しなければ後がうるさいのは見えており、参加を余儀なくされた。
 事情を知らぬ影浦を呼ぶという名前の反則じみたファインプレーにより、絵馬は茶番が終わったことにほっと息を吐いた。
「てか結局アタシのプリン食べたの誰なんだよ」
「すいません、ゾエさんです。買い直してきます!」
 ダッシュで作戦室を出て行く北添に仁礼は満足そうに頷くと、影浦にニッと笑いかけた。
「カゲは罰ゲームな」
「はぁ?テメエらふざけてんじゃねえぞ」
 突然巻き込まれた影浦は女の子に見せるには適さないであろう凄みのある表情でそう言うと、定位置であるソファの一角を占領する。先程までのそこそこ長い付き合いの彼ららしくない、こちらを伺うようなチクチクとした感覚が無くなっている事に、何処かほっとした自分に影浦は苛立ち、ちっと舌を打つ。
「でも正直、入り上手くきたからやべえと思ったわ。雅人こっわ」
「まあ!結果的にカゲの負けだけどな!」
 ニヒニヒと笑みを深めて、罰ゲームについての思案を始める仁礼。内容によっては影浦がキレるのを止めなきゃなあと名前は手をまた煎餅に伸ばす。絵馬は何かあっても、我関せずを貫く様子だ。
「んじゃ罰ゲームはお好み焼き奢りな!帰りカゲの家寄ってくぞ〜」
 その言葉にほっとして名前は煎餅を食べることができた。何だかんだで理不尽なその罰ゲームを受け入れる程度には、同部隊の奴らを気に入っている影浦は、仁礼の言葉に「勝手にしろ」とだけ返すのだった。




執筆/公開 2018.10.23


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