元A級1位 旧東隊


「ああ、そうだ。秀次、加古、二宮」
 ボーダーの主戦力部隊が集められた会議の後、現在B級7位東隊を率いている東春秋が旧東隊の面々に声をかけた。
「はい」
「なあに東さん」
「何ですか」
 名を呼べばすぐに弾かれたようにこちらを見てくれる三人に一瞬時が巻き戻ったような感覚に襲われるが、もちろんそんな訳はなく。今三人はそれぞれに部隊を持ち、この場に主戦力として呼ばれている。東にはそれがとても誇らしい。
「今日、苗字と飯を食いに行くんだけど、お前ら―」
「行くわ!」「ご一緒させて下さい」「行きたいです」
 苗字の名を出した途端目に見えて顔を輝かせた三人に、東は笑みを零す。
 苗字名前は旧東隊のオペレーターである。当初は忍田さんから押し付けられる様に組まされ、それぞれが別の方向を向いてバラバラだった彼らを、東と共にA級1位となるまでに仕立て上げた立役者だ。
 そんな彼女は東隊が解散すると三門市立大学が提携を組んでいる海外の大学に交換留学で留学し、そのまま向こうの大学に編入してしまった。突然であった為、三人は見送る事も出来ず、時々帰ってきても揃って顔を合わせることはなかった。今回帰ってくる連絡が東にきたのも直前で急な話になってしまったので、三人の予定の心配もあったのだが彼らの反応を見るに大丈夫らしい。
「そうか。苗字も喜ぶよ」
 あの時とは立場も状況も違うけれど変わりない様子にほっとするやら、後輩が相変わらず好かれていて嬉しいやら。けれど東はそれを言葉には出さず彼女に報告を入れる為、会議室を後にした。

 いつもより数段気合の入った服装で駅前に現れた加古を、二宮は鼻で笑う。
「苗字さんはお前に会いに帰ってきたんじゃないけどな」
「五月蠅いわよ、二宮くん。貴方だってそれバーバリーの新作でしょ。人の事言えないわ」
 小物に至るまでハイブランド品を使い、意識の外で周りに威圧感を与えている二人から三輪はそっと距離をとる。会議後フリーで一度帰宅した彼らとは違い、その後防衛任務をこなした三輪は学生服である。
 普段の二人であればここまで偏ることもないのだが、どうやら久々の再会にとても舞い上がっているらしい。とはいっても、この二人は普段から所謂プチプラを着てもブランド品に見えるので実際のところあまり関係はないのかもしれない――と言い合いをする二人を横目に、一人冷静なつもりの三輪も傍目からそわそわしていることが分かる程度には浮き足立っていた。
 時間を確認しようと駅前に設置されている時計に目を向けようとした三輪の視線で、見覚えのある暖かい栗色の髪がふわりと弾んだ。

「あれ、もしかして遅れちゃった?」

 その声に、言い合いをしていた二人は揃って顔を上げ、一足先に視線に捉えていた三輪も懐かしい声にどうしようもなく溢れてくる感情を顔に出さないように堪えるので精一杯だった。およそ二年ぶりだろうか。期間でいうとそれほどでもないはずなのに、懐かしくてたまらない。
「名前、さん」
「久しぶりね!秀次、身長伸びたんじゃない?」
「…はい。お久しぶりです」
 身長が伸びたせいか、記憶にあるよりも低い視線にそう返すのが精一杯な三輪だったが、名前はニコニコと笑っている。
 笑顔の名前に抱き着いたのは加古で、三輪と身長差のない加古に抱きしめられた名前は驚いたように目をまん丸くさせている。
「名前さあん!もう!急に向こう行っちゃって寂しかったんですからね」
「うん、言うの遅くなっちゃってごめんね。頑張ってるって東さんから聞いてるよ」
 抱き着いている加古の背中を撫でながら、優しく声をかける名前。
 加古に取られる形で離れることになった三輪と声をかけ損なった二宮に、名前の後ろからやって来ていた東が笑う。
「声掛けなくていいのか?二宮」
「……いえ」
 良くはないが加古と他の誰かならまだしも、名前を無理やり剥がすことはできず、じっと二人を見つめるに留まる二宮と三輪。暫くそのままだったが、名前が加古を後で一杯話してねと説得することで解放されることとなったようだ。ニコニコと変わりない笑顔で名前は二宮を見上げる。
「匡貴も久しぶりね!元気だった?」
「お久しぶりです。はい、苗字さんも変わりないようで何よりです」
 事情があってB級に降格したと名前は聞いていたが、少なくとも今は酷く落ち込んでいるようには見えず名前はほっとした。それぞれのもっと詳しい話も聞きたいが、それはお店に入ってからでもいいだろう。予約しておいたよ、という東の運転で、彼らは店へ向かう事となった。

 久々に帰ってきた名前のリクエストと東の好みからお店は和食料理である。仕切りのある座敷に通された彼らは、加古、名前、三輪、テーブルを挟み 二宮、東の順で席に着いた。
 並べられた料理を分けて、箸を動かしながら行われる話は近況報告が主だ。
「そういえば、望と匡貴はもうお酒飲めるのね!」
「ええ!この間、ボーダーの同級生で飲み会があってね」
 女である加古は時間を見てその場を後にすることが許されていたが、当然そうではなく最後の最後まで付き合わされた二宮はその時のことを思い出しそうになって顔をしかめた。
「あの後どうなったの、二宮くん」
「聞くな。思い出したくない」
「あら、気になるわ。ねえ名前さん」
「うーん、そうねえ…」
 曖昧な返事を返せば、加古は嫌がる二宮に聞き出そうと躍起になっている。変わらぬ二人の様子に、ふふと名前は声をもらす。
 左隣の三輪は箸を進めては時々こちらを見ている。前は言いたいことがあったらすぐに言ってくれたくれたような気がした。微かな寂しさを抱きつつ、名前は三輪と目を合わせる。
「秀次は?もう高校生よね。楽しい?」
「えあ、はい…同級生の奴がうるさくて」
「同級生に同じ隊の子いるって聞いたよ。その子?」
「はい。米屋って言うんですけど…」

 食事も終わり、東の言葉に甘えて加古と名前はデザートまで完食したところでそういえばと、東は名前に疑問を投げかけた
「苗字は修士終わったらどうするんだ。そのまま博士か?」
「うーんそれなんだけど、三門市立大学の博士課程の方に行けないかなあと思ってる」
 予想外の返答に皆が目を丸くした。
「えっ!名前さん戻ってくるってことですか!?」
「うん。東さんの後輩に戻る事になるね、将来的ボーダーに就職できたらとは思ってる」
 トリオンについての研究はボーダーと提携を組んでいる三門市立大学でしかやっておらず、ボーダーの就職者は基本的に提携校卒業者である。
 時より連絡を取っていた東も初耳であったのか、呆然と名前に視線を向けているが、そんな東とは対照的に加古達三人は名前の言葉を素直に喜んでいる。
「今、名前さん23歳だから再来年ですか」
「三輪くんの二十歳の誕生日は、皆でお酒飲みましょ!」
「帰ってくるときは必ず事前に言ってください。苗字さんいつも突然なので」
「うん、今度は決まったらちゃんと言う!」
 先程から三人に突然留学したことを散々しつこく言われていた名前は両手を挙げて、降参を示した。手がかかった程後輩は可愛い。可愛い三人にあれだけ言われたのだから名前には拒否することなど出来ないのだ。

 三人を家まで送り届け、名前と東は二人、車の中で会話をする。穏やかな空気はいつかの作戦室を思い出すようだった。向こうでの生活についての話をしていれば、大学の話になった途端唐突に東の言葉が途切れた。思い当たることといえば、三門市立大学に戻ってくると言ったあれだけだ。
「何ですか、東さん。不満ですか」
「いや、嬉しいよ。ただ驚いただけだ」
 一度は迷い、辞めてしまった道にたった二年で帰ってくることを決めるなんて確かに驚かれることかもしれない。だけどそれほどまでに貴方達といるのが楽しかった。貴方達の力になりたいと思ったのだと、そう言ったら貴方達はどんな表情を見せるのだろう。
「ふふふ、まだ未定ですが戻ってきたらまたよろしくお願いしますね。東先輩!」
 帰ってきたときの楽しみが増えたことに笑い、初めて出会った時と同じ呼び方で名前は茶目っ気たっぷりにそう呼んだ。
 もう中々呼ばれることもないその呼び方と彼女の様子に、未来視のサイドエフェクトを持っていない東も少し先に待つのは幸せな未来であるとそう思った。



執筆/公開 2018.10.24


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