友人の契り


「女になりてぇな」

 修二は煙をくゆらせながら、唐突に、彼らしからぬ奇想天外な"もしも"を口にした。
 雨音を隠そうともせず目一杯の水を浴びる、ボロいアパートの廃れた屋根。申し訳程度についた傘の下の階段。そこに、電車の席だったら両隣からクレームがくるぞ、というほど開いた足で腰を下ろしていた修二が、続きを聞けと言わんばかりにニヤけた面をぶら下げていた。
 理由わけを聞かないと、頬をつついてくる指は永遠に止まらないだろう。

「……なんで」

 昨日から袋を開けっぱなしだったせいか、口に運んだポップコーンは食感が可愛くない。
 昨晩あんだけ食う食う言っておいて、修二はポップコーンはおろかマシュマロも食べてなかったし、映画も流し見だった。そんな適当な男が女になりたいなんて抜かすもんだから、特別な理由があるはずもないと雨を見ることにした。

「オマエとより近くいれんのは女だろ」
「え、まあ……そうだね。女の子の方が安心っていうか。男友達より女友達とのが仲良いし」
「オレよりもだろ?」

 肯定されることをわかっていて聞く修二に、望み通りのものをやる。するとすかさず「だから」だと。そのまま捉えていいのなら、私と誰よりも仲良くしたいという意味になるけど。

「だって女友達とは旅行とかいくし、洋服も香水も、あと化粧も話せるし、恋バナして秘密共有してーとか。男友達より仲が深まるんだよね」
「じゃあオレとも旅行行けよ、服も教えろ。香水はそこそこ知ってる、オマエがいい香りする人が好きとか言うから。恋バナだってしようぜ。秘密の共有がメインなら、オレのが絶対にやべぇ秘密もあるわ。ど?」

 セットのされていない髪の隙間から、甘ったるい瞳が私を貫く。長い足を折りたたんで座り、タバコを私とは真逆の方へ持っては余裕ぶっている。そのくせなんでか、少しの緊張が見えた。

「ヤダ?」
「えっと、私のことどう思ってるかにもよるけど、まあ」

 口の空いた袋を修二に向けると、長い指が一等しなしなのポップコーンを選んで取って、私の唇に押し当ててくる。

「あー、言ってたな、恋愛的な意味で好かれるのが嫌いとかなんとか」
「んん、うん」

 答えようとしてもまだグリグリ押し付けてくるもんだから、指ごとパクッと食べてから短く返事をした。もし友達だと思っていた彼が、恍惚とした表情で見てきていたらどうしようと震えて、視線があげられなかった。

 裏切られたと思うのは勝手に期待していたからだ、という人もいるが、友達だと思って許したテリトリーに入れた瞬間、「貴方のことをそういう目で見てました」とカミングアウトする方がよっぽど酷いんじゃないか。まるで狼と七匹の子山羊に出てくる、お母さんのふりをした狼だ。

「ともだちとしか思ってねーよ。むしろオマエだけなの、トモダチ。だからお互い一番の親友だったらうれしーなってなァ」
「そっか、なんだ。私の女友達もそういうこと言ってた。自分だけが友達のこと好きだとしんどいもんね」

 修二の言葉に心底安心して、袋に突っ込んでいた手が止まる。居心地の悪さから無意識に、シーパイみたいにしてポップコーンを触ってしまっていたようだった。

「旅行も、オマエ言ってたけどさ、女同士の方が行きやすいだろ。そんで女になりてーなって」
「なるほどね。でも下心ない男友達なら大丈夫だよ、旅行」
「や、他の奴らはやめとけよ?オマエ寝起きはペットボトルの蓋も開けらんねーレベルだし、力じゃ負けるだろ。オレ以外の男はマジで危ねぇかんな」

 修二がどこまでも化けの皮を剥がさないから、そもそも皮なんて被ってないんだと、この人は本当に私を友達だと思ってくれてるんだと舞い上がって、同じように口へポップコーンを押し付けた。
 一瞬だけ顰められた眉に「嫌いだっけ」と聞くと、「好き」と、ポップコーンに対するにしては重い感情を乗せ吐いていた。

「まっず」
「ふふ、おもしろ」
「……じゃあ結婚とかも考えてねーんだ」
「うーん、友達が最近妊娠してたけど、無理だなぁって思っちゃった。男にも女にも人生捧げたくない。ひとりが好き」
「へー、シェアハウスも嫌?友達と同棲すんの楽しそうじゃね」
「えー、でも修二の友達って私だけなんでしょ?私としたいってこと?」

 私を純粋に好いてくれている彼に、ニンマリした笑みを隠さずからかうと、「あーしくった」と言いながらタバコを床へ擦り付けていた。

「あ、男なら男でいいこともあるよ。お互い一生友達でいたいなって思ったら、結婚すればいいじゃん私たち。みんなともよく、おばあちゃんになるまでシェアハウスしよーよとか話すし」
「……いいの」

 冷たい瞳が雨を睨む。けれど繋がれた手は反比例するように温かかった。
 これほど落ち着く友達も、これから先見つけることはできないだろうと予測して、修二はとっておきに大切にしようと決める。

「半間になってくれるってこと」
「うん。半間名前って結構可愛くない?」
「……めちゃくちゃかわいーわ」
「ねー。てか寒いから家入ろ」

 身長にしては細く白い腕を、グンっと引っ張って無理やり立たそうとする。だけど修二は顔を膝に埋めてしまって、全く立ちそうにない。

「どーせ通じねぇ恋ならそれがいいよな」
「ん?」
「昨日の映画の話」
「え、観てたの?」
「そー。健気に冷てえ男を追いかけてた女いたじゃん」

 途中から眠くてあまり覚えていないが、修二は案外しっかり観ていたらしい。私は既にその女の名前も思い出せないから、会話を手伝うことはできないけど。

「一生友達のままでいるか、告ってみて一か八かに賭けるってヤツな。結局男にフラれて友達にも戻れてなかったのがさ、今更ドンマイって思えてきて」

 もっと大々的なストーリーがあるのかもしれないが、そこだけ聞くと、私は自分に近い男の方に同情してしまう。ずっとそういう目で見ておきながら、悪びれもなく相手を騙して、さらに長いこと一緒にいようとするその女は、気色悪いことこの上ない。

「好きなんだよな、ずっと」
「でも迷惑だよ」
「言わなきゃ誰にもわかんなくね?」
「だとしても気持ち悪いよ。だってそれで片思いしてる時が一番楽しいとか言う人もいるんだよ、好かれてる側からしたら興味無い相手に勝手に騒がれて楽しまれて鬱陶しいよ」

 何度かそういうことがあったせいで、1に対して10で返してしまった。すると修二は顔を上げて「だよなぁ」と笑った。昨日はよく寝付けなかったのか、修二の顔が光にあたって隈が目立つ。

「男の子やめてーわ、ホント」
「大丈夫だよ、旅行行くもん修二となら」
「あんがと。一生好きだぜ名前ちゃん」
「わたしもー」

 ようやく立ち上がった修二は相変わらず頭が遠くて、こっちも首を痛めてしまいそう。

「あークソ、燃やしてぇなこのボロアパート」
「雨だから無理だよ、あと私住んでるから別のとこにして」

 取り出したライターをカチカチして目論むものの、生憎の天気で犯行は阻止されると、彼はついに部屋へと体を転換した。
 サンダルを振り落として部屋に戻る背中が、なんだか自暴自棄に見えて、昨日の映画にそれほどやられたのかと興味が湧いた。


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