もくもくもく

※三途が煙々羅(妖怪)設定
動物が殺されるグロ描写


 夜、バイトから疲れて帰ってくると、靴を脱いでる合間に私の首周りで煙がもくもく踊り始めて、より一層濃い煙が目前で集まると、それがピンク色の髪の形になっていった。
 無視して鍵を捻れば、肩が思ったより上がらなくて疲労をさらに実感する。煙々羅、勘弁してほしいなぁ今日くらい。

「名前〜、おっせぇなぁオマエ、なにやってたんだよ」
「うるさいつかれたのー」

 全身人間に成り下がるつもりはないのか、生首だけ実体化させ、ふわりふわりと着いてくる三途という妖怪。
 やっぱり『怪奇』って美しい外見をして人を食ったりすることが多いから、三途もそうなのかなぁと思ったけど、彼はまだ私を殺していない。なんなら猫可愛がりされているというか、失礼なことを言っても「かぁわいいな〜」で済まされてしまう。ちょっとむず痒い距離感の妖怪だ。

「あ、なぁ見て」
「んーまってー、キッチン行くの?手だけ洗わせて」

 後ろでぷかぷか浮かんで待機する三途は、何気なしに顔を上げて見た鏡に映らない。妖怪って面白いなぁと後ろを振り向くと、彼は楽しそうに笑って私の腕を引いた。

 目視できる生首から今しがた現れた片腕にかけては、濃い煙が橋の役割を果たしている。なんとなくここに肩があって、胸があって、とわかるくらいの。私が怖がるからとわざわざやってくれてるらしい。彼は実体化しない限り足もないから、キッチンに行くまでに机の上をスラーっと通って、手の繋いでいた私は机の足に体をぶつけてしまった。

「なぁ〜、ほら、見ろ!オマエ前こんなん食ってただろ!大変だったんだぜこれ。……どーした?」
「は、これ、え、これ」

 絶句、驚愕、仰天、どれも今の私を表すには取るに足らないような、強い意味合いの言葉でさえ処理しきれない光景が広がっている。

「こいつずぅっとニャアニャア言ってたけどよ、しっぽ掴んで落としたりしてたら」
「やめて、それ以上喋らないで」
「あ?……なんで、オマエ呼吸荒くなってねぇ?」

 意味がよくわからなくて、この怪奇は何をしようとしたくてこれを、そうやって散らばった何もかもをまとめようとしても、嫌な血の匂いと味付けに使われたであろうポン酢の匂いの混ざった悪臭にそれどころじゃなく、吐き気がして噎せる。

「おい、どぉしたよ、まずそ?」
「……なに、なんで、ころしたの」
「はぁ?いつも死体食ってんじゃん、皮剥がされて切り刻まれてるのとかよ。同じだろ?あ、皮はいどきゃ良かったか」

 出現した二本の腕が、猫だったものを更に恐ろしい姿にさせる前に、気力を振り絞って手を掴む。掴んだ手は全く体温を感じられず、そこで死んでいる猫もそうなんだろうと泣きたくなった。


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 あの晩から暫くはショッキングな映像が頭から離れず、三途を見えないものとして扱ったり、他の野良猫に餌をやることで勝手に罪滅ぼしをした気になって、気を紛らわしていた。
 ここ最近は毎日家に遅く帰って早く出るが、煙の妖怪の彼からすれば睡眠も必要ないためエンカウントは免れない。ただ気持ちの問題で、どうしても猫が死んだ家に長くいたくなかった。

「名前〜、なぁ、許してくれよ……。オレ知らなかったんだよ。人間は猫大事にすんだよな。オレも他のやつに名前が殺されたら耐えらんねぇ。ほんとにわるかった」

 それでも数年同居、というか勝手に住み着いているだけの三途だが、彼と全く会話をしないとなると、それはそれで私のメンタルが安定しなかった。だから理不尽に殺された灰色の猫には本当に、心の底から申し訳ないと思うが、三途を許すことにした。行動自体は到底許されるものではないにしろ、私に元気になってほしくてアレを作った、と泣きつく彼をそれ以上無下にもできなかった。

「もう……わかったよ。今度からは絶対しないで」
「名前……っ!うん、うん、ごめんな。もう二度と口聞いてもらえねぇかと思った、良かった。オマエが妖怪見えなくなっちまったのかと思ってっ、あー……あんしん、した、はは……オレ……うっ……」

 両腕を広げると、珍しく全身を実体化させた三途がきゅっと抱きついてきて、私に見られていること触れられていることを実感するため、「名前、名前」と何度も確かめるよう呟いていた。
 短い針が二つほど数字を追い越した時、ようやっと彼は本調子を取り戻した。
 妖怪と人間の時間に対しての考え方は全く違って、齢何千歳にもなる彼は基本やることなすこと全部が早い。気づいたら百年二百年が経過してると言う。それなのに二時間もこうして私の腕の中にいたのは、それ程彼の中での私の存在が大きいということだろう。

「なまえ〜……」

 少し目を離した隙に、彼はまた体を消していた。いつもの生首と違うのは、今見えている範囲が普段より更にさらに狭いこと。形のいい艶やかな唇が、顔の前でふよふよ空を泳いでいて、頬や顎がギリギリ実体を保っているくらいだ。面白がって頬を指で啄くと、指はそこを通り抜け、頬であった場所は煙となって私の指を囲んでいた。

「ふふ、チューしたいからってまたそうやって!」
「フン…………おい!だからほっぺにやっても貫通するっつったろーが!」

 わざと触ることのできない頬にキスをしたら、三途はムッと口をとがらせて抗議してきた。

「しーらない。もうしたからいいじゃん」
「ざけんな、テメェ妖怪舐めんなよ、今すぐチュウしなきゃ一族全員皆殺しな」
「こら。もうめんどくさいなぁ、ほらおいで……うわっ、こーいう時だけ全身実体化するのなにっ」
「はやく、んー!接吻、接吻しろ、なぁー、チューウ!」

 現代に合わせてみた!といつしか買って、或いは盗んで着ていたピンクのスーツのまま抱きついてくるせいで、それのボタンが私の骨にダメージを与えてくる。痛いから、と一度退かせば、彼はパッと衣装を替え、昔着ていたという濃色こきいろ(深い紫)の着物に紺の羽織りを羽織った状態でまたくっついてきた。
 悔しいが、どの時代でもこの美丈夫が出てきたら、人間は惑わされて着いていってしまうのがよくわかる。深く開いて見えたデコルテの辺りは白肌が特に美しく写り、首筋も、何も香水なんてつけていないくせに甘い香りがしてきそうだ。

「チューしろー、はやくしろよー」

 それなのに自身の妖艶さを理解していないのか、駄々っ子のように私にまとわりつく三途。煙の時もゼロ距離で密着しているからか、基本実体化しても彼は手足を私に巻き付けていようとする。
 何倍も生きてるというのに愛らしく見えるのがずるくて、唇を指先で軽く撫でた。

「やっぱり、唇だけさわれるんだ。かわいい」
「んー」

 指に擦り寄ってそのまま、三途は私と鼻先が触れ合う距離でとまると、ここからはお前が動けと言わんばかりに動きを止めて、ハチ公よろしく私のキスを待った。健気さに内心笑いつつも、わざとリップ音を立ててキスしたら、目を開けた先で恍惚とした表情の三途がいた。

「かわいーなまえ」
「ありがとう。三途もね」
「……なぁ、オマエ人間やめろよ。ずっとオレといればいいじゃん」
「人間はやめたくないかなぁ。三途が人間になれば?」
「うーん、うん、できっかな。……あ、いーこと考えた。オレの名前教えてやるわ」

 三途の腕が飛んでいって、置いてあったチラシとシャーペンを取ると裏に「春千夜」と、草書体で書いて見せてくるので、さすがにハルセンヤ、なんて読まないよなと思いながら一文字ずつ発していく。

「はる、はるち、はるちよ?」
「おう」
「三途春千夜って言うの?」
「うん、オマエだけが知ってる。これからはそーやって呼べ」

 春千夜は私の頬に手を当てると、私の耳元で呪いのように重い言葉を口にした。

「これでオマエが何回生まれ変わっても、生まれ変わる度にオレと巡り会える。嬉しいだろ?……ほら、笑えよ」
「……うん、なんでか結構嬉しいかも。でも春千夜は、私が死んでから別の人間として産まれるまでの間、待っててくれるの?」

 からかって、私の顔にかかる春千夜の髪を耳にかけてやると、春千夜は煙で私を包み込みながら「二度と会えねぇよりマシ」と消えそうな、か細い声で口にした。




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煙々羅という設定、キスの時は唇だけ実体化する、というシチュはフォロワーさんからのご提案でいただきました。ありがとうございます。

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