「ありえない、あのクソ悪魔を誰が支持するっていうんだこの時代に!……名前!来るんだ!」
「ああ、やっと復旧か」
「電波がないんじゃ投稿もできないじゃない」
ラジオデーモンが暫くぶりのラジオを終えると、再び灯りが戻り、Vの二人はそそくさに部屋に帰ってゆく。今のヴォックスを揶揄っては笑いだけじゃすまないことを彼らは熟知していたし、これから来る名前次第ではこの地獄が加速する見通しもあった。
「なにヴォックス、すごい疲れた顔してる。でもちょうどよかった。私も話したいことがあったの」
「はぁ……今は黙ってくれ、ほら、こっちに来い」
長い両腕でぐるりと名前を歓迎し、慰安所とでも言うように彼女に身を委ねるこの上級悪魔。指で何度も名前の頬を撫でると、やっと安息から深く息をついた。
「はぁ……お前だけだ、お前がいるとこうも気が和らぐ……。あのマザーファッカーより俺を選んだお前だからこそ、俺をこんなにも……」
そう言って凭れるようにソファへ沈み、彼女にキスを送ろうとした矢先だった。
「そう、そのことでね」
ヴォックスにはずっと、この七年間嫌な予感が付き纏っている感覚がしていた。しかしそれを無視し続けたツケが回ってきたのだろう、彼女の発言は彼の何もかもを破壊した。
「彼が戻ってきたことだし、帰ろうと思うの」
ヴェルヴェットとヴァレンティーノは、残されたヴォックスの絶叫に、やはり予感が的中した、と天を仰いだ。
「何が、何を言ってるんだ、おまえの言ってることは何もかも理に適ってない。おまえがあの負け犬を選ぶだと?どうした、流行りに置いてかれたジジイに同情でもしたか?アイツはおまえを置いていった脳なし玉なしの腑抜け野郎だぞ?なぁわかってるのか、ああクソすぎてスクリーンが割れそうだ。おまえは七年前からとっくのとうに俺のものだって話をしてるんだ。おまえもそれに享受して、喜んでただろ?どう見たっておまえは俺が好きだ、狂うほどに惚れ込んでるんだそれは間違いない。アレだろ、ちょっと様子見てあの汚ねぇ面に弾をぶちこんでくるだけだろ、おまえの言う"帰る"ってのは。まったくおまえはっ、ちょっとは言葉の勉強もした方がいいと思うぞ、だから俺はおまえをテレビに映さないんだ、ははっ、まったく……」
放心してしまった彼の腕を解くのは簡単で、お世話になりました、とキスをし歩み出す彼女に着いていく者は誰もいなかった。
そうしてアラスターの元へと挨拶しに行った名前だが、彼に大いに歓迎されるとともにホテルへと連れられ、新しい"友人"を紹介される。アンガーマネジメントのできないあの軍団に比べれば、まだ穏やかな日々を暮らせそうな面子が揃い、地獄では唯一の安らげそうな場所だと率直に思った。途中エンジェルダストが怯えたような顔を見せたが、元々アラスターについていたと話すと瞬く間に声色を変え、「ゆっくりしていきなよ」と悪く笑った。
「こんなものですかね。さて、それで……どうでした?私のいないこの七年間は。ええわかってますよ、実に寂しいものだったとい」
「案外おもしろかったよ。変な人たちばっかりだからね……ほら、話をすれば」
思いのほか突き放してくる名前の返答に、不服そうに眉を顰めたアラスターは、ひとまず前に寄越された彼女の携帯に視線をやる。通知がとまらないそれからすると、今のヴォックスは誰にも手に負えないらしい。
「おや、あの軍団も意外と暇を持て余しているようですね。少しお借りしても?」
語尾をあげたとて、有無を言わせない態度でそれを奪うと、どうやらヴォックスにのみ、「お楽しみ中」とテキストしている。ハートマークはどうやって打つのか、ラジオの絵文字はあるかなどの質問に対応すると、満足そうに媒体を名前に返し杖を一振りした。
「久しぶりにジャンバラヤを食べたいでしょう?」
好奇心旺盛な名前にとって、彼との会話は実に実りのあるもので、時を忘れて談笑に楽しんでいたが、そろそろお暇しようと席を立つ。彼女が帰ってくるという確信のあるアラスターは彼女を引き止めず、良い夢を、と杖を鼻先に当て微笑んだ。
「わぁ、すごい通知」
帰宅後、毎晩のルーティーンを忘れずにこなしベッドへ横たわると、名前は何気なしに見た携帯にもはや感嘆する。それも束の間、部屋にあるテレビが勝手についたかと思うと、ヴォックスの顔がそれいっぱいにうつった。
「このクソビッチが!今の今まで何してたか言ってみろ!あの害獣が俺に何したかわかるか?あいつわざと俺がおまえの媒体にアクセスできる場所に限りをつけやがった!おかげでおまえらが気色悪い会話で不味そうな飯を食ってるのだけ視認できたんだ、俺がどんな気持ちでそれを聞いてたと思ってる!?」
「聞かなければよかったんじゃないの?大体、私のプライベートに口を出すなんてどうなの?」
リモコンを取ったところでテレビは消えず、更に油を注いだだけの名前。それにしても、ホテルの情報は開示しない徹底っぷり。アラスターの秘密主義にはほとほと呆れるななんて思いながら、背をテレビに向ける。
「ぐっ……、キレてんのか?なあ、俺はただ聞いてるんだ、ナニをしてたんだって」
「旧友に再会したらすることなんて、ただ一つでしょう?」
後ろから電波の乱れる音がして、彼女は思わず首をひねる。
地獄でそんな物言いをすれば、誰もがセックスだと口を揃えて言うだろう。ヴォックスだって頭によぎった彼らの情事に、居ても立っても居られなくなり、唸るような声で尋ねる。
「もう一度、何をしていたか、言え」
「だから、喋ってたの。いろいろと、もちろんヴォックスのことも」
「は、ははっ……なんだ、おまえらただペラペラ喋ってただけか?そりゃ随分いやらしいな、はははッ」
「もう眠たいんだけど……」
「まて、なあ、明日はまたこっちに帰ってくるんだろう?ほら、おまえが好きな酒はたらふく用意してあるし、俺の最新のTVショーだって先にオンエアしてやる。アレ見たがってたの、覚えてるんだぜ。なによりおまえの好きなおしゃべりだって一晩中とは言わず一週間やってやる。全部の予定をキャンセルしたんだ。な?戻ってくるだろ……?それだけ聞かせてくれ、俺が聞きたいのはそれだけなんだ。好きなのは俺だけだって言ってくれるだけでいい」
「とりあえず、ふぁ……にもつは、とりにいくから、明日……」
「なっ、何を言ってるんだ名前。取りに行くって大体、おまえのもう一つの家はここなんだから、そんなことしなくていい。何か必要なものがあれば買ってやるから遠慮するなよ、な?俺とおまえの仲だろ?」
夢現の中、名前は明日のアラスターとの予定に心を躍らせながら、おやすみなさいとだけ口にした。