※自傷行為を仄めかす描写があります。
それにしてもマイキー(って呼んでと言われた。)は、なにで私のことを知って、どうして好きになったのだろう。私の噂で存在を認知したには、恋のスパンが短すぎるから有り得ない。
思えば私は彼女の苗字もクラスも知らないままだし、一方的に知られている状態なのは些か心地が悪い。話の拍子で唯一得られた情報も三姉妹だということくらい。マイキーに似てみんな可愛いのなら、漏れなく全員抱きたいところだ。
「やばい、外出なきゃ」
時計を見ると時刻は10時過ぎ。辺りはかなり暗くなっている。そろそろポストにいつものストーカーっぽい手紙が入れられる頃合だが、今日は先回りして犯人を捕まえてみようと作戦立てていたのだ。
こっそり玄関から出て、相手の死角に入るようにし、時を待つ。そうして5分弱。奴は来た。しかしその陰った背丈を見るに、私の予想は大いに外れたらしい。あの字の豪快さや思想は男のものだと思っていたが、チリンチリン、と鈴の音を響かせて大量の手紙を持ってきたのは、うちの中学の制服を纏った女の子であった。
「名前さん……すき……ぜんぶ読んでくれっかなぁ……はやく付き合いてーなぁ……っ好き、好き好き好き好き……」
呪文のように唱えながら手紙を1枚1枚入れていくので、出るタイミングを測り兼ねた。いやでも犯人に気を遣う必要無くない?寧ろドッキリ仕掛けてもお釣りくるよね。残り3枚ほどになった手紙に視線を落とし、女の子の前に出る。
「何してんの」
「……!?あ、ぇ……っなまえ、さん……?や、ごめんなさっ……えっ、やだ!」
「逃がすわけないじゃん。で、誰?たまに血文字とかの手紙もくれる子だよね?」
細く白い腕を掴むと、指からいくつかの切れ込みがある肌触りを感じ取った。手紙のあれ、偽物の血じゃなくてやっぱ本物だったんだ。気持ちわるいなぁ。
「あ、あっ、やだ、やだやだごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「待って待って近所迷惑。わかったから落ち着いて」
「嫌われた嫌われたもう死ぬ、離してオレもう二度と顔見せないから、死ぬからやだ消えるから許してっ」
「えっ、ちょっときいて」
「う、頭痛くなってきたっ……腹も痛いし耳鳴りするし、まえ涙でなんも見えねぇし……あーオレここで死ぬんだ、名前さんの顔見ながら死ねて良かった。オレの人生の最後がこれでよか……」
続きは私の母の怒号により飲み込まれた。
▲▼
母は何を勘違いしたのか、この一虎と名乗った少女と私に「仲直りするまで部屋から出ないこと!はい、1回家入りなさい!」と言い放ち、キッチンへ戻って行ってしまった。何が何だか展開が速く、着いていけてない気もするが、一応客になってしまった彼女の為にお茶を運ぶ。
今回は大目に見て、ちょっと説教して後は許してあげよう。荒れてたみたいで可哀想だし。そう、直前までは思っていたのに。扉を開けると一虎は、私の下着をこれでもかとバックに詰めている最中であった。さっきまで泣き喚いていた顔は、流星の如くキラキラ輝いている。この子情緒おかしくない?
「……お茶、ありがとうございます」
「誤魔化せるわけないよね、バックからはみ出てんだよ白のレースが」
「お茶いただきます」
「しっかりしまえば良いとかじゃないから。一虎ちゃん」
さっきまで泣いていたからか、一虎の瞳はまだ潤んでいる。ティッシュを渡すと「これは感動の涙です」と返された。私の部屋に入れたことにとてつもない価値があったらしい。本当に馬鹿だと思う。
「じゃあはい、バックの中身返して」
「……」
「握手」
「……」
「恋人繋ぎ」
「あっ……う……」
「おでこにちゅー」
「あ、あああ……」
「口に……」
「っお返しします!ありがとうございます!」
巧みな話術により、一虎から下着を奪い返すことに成功した。とはいえこの交渉も、周りのクラスメイト達が聞けば「名前ちゃん、ちゅうはそんな簡単にするものじゃないよ」とGOサインをくださないだろうが、私の貞操観念はぐちゃぐちゃなので気にしない。
それにここまで推されている(と表現していいのかはわからないが)ならば基本彼女は扱いやすいだろうし、既に私の中の危険人物リストから一虎は抜けつつあった。
「じゃ、じゃあ……」
「こっち来て?…………ちょっと、そんな目ガン開きなことある?すごい緊張してきた」
「だって名前さんとキスする瞬間とか、1秒も見逃せねぇもん」
そう言った後、なんでか照れて視線を外した一虎の唇に、リップ音を落とす。
「あっ、あーっ!ひっでぇ!見逃した!もっかい!」
「しませーん。なんか謙虚だったり図々しかったり忙しいなぁ」
「はぁぁ、くっそ……あー……でも、唇ぷにってしてて最高だった……」
自分自身の唇を何度もなぞる一虎は、中学生らしいというか、変に大人ぶってない純粋さがあり、妬けるくらい可愛かった。高等部組の蘭達みたいに、グロスを塗ることもないからストレスないし。……もっかいしちゃお。
「っ……へ、ぁ?……うそ、うそ……」
「嬉しい?」
「うれし、う、ぅ……おれしあわせすぎて、うぅぅ……っ」
「一虎ちゃんが素直すぎて可愛く見えてきちゃった。最初は気持ち悪いストーカーだったのにね」
私は笑いながら、首へ抱きついてきた一虎の背を擦る。
その後様子を見計らって部屋に来た母により、私たちは解散となった。ご飯を食べていくかと母が聞いたのだけど、一虎はガンギマった目で丁寧にそれを断ったあと、交換した私のアドレスを何度も指でなぞり家を出て行った。
それからあの気色の悪い手紙が届くことはなくなったので、まあ、それは一旦良しとしよう。だけど電波に乗った手紙は一日に呆れるほど来るようになってしまったので、こっちも対策が必要かもしれない。電話は着拒した。