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そういえば、ここ最近の私は学校に行かずに遊び呆けてばかりだったような。最後に行ったのも確かテスト返却の日で、担任に強制だと呼び出され、可哀想な点数のテストたちを貰い即帰宅して以来、学校には足を運んでいない気がする。
そんなことをふと思って日数を計算すると、そろそろ学校に行かないと出席日数が足りずに卒業難民へなる可能性が高まっていた。

というわけで今日は頑張って早起きをして、久々に朝から登校している。パカッと開いて映った画面には10と15の2つの数字。まあ普通に遅刻だよね。

「オイ!おまえが連れてけっつったんだから起きろ!先輩いたぞ!」

かったるくてちんたらちんたら通学路を歩いていたら、後ろからハスキーめな女の子の声が聞こえた。なんか怒ってるぽいし面倒事だろうか。近寄りたくないのでノータッチを決め込む。が、声がタイプだったため顔くらいは見てみたかった。今このタイミングで、それも審査するみたいに見定めてしまっては余計に火をつけかねないし、我慢するしかないけど。残念。

「おいっ、マイキー!」
「んんん……」

競歩を心がけて歩いてもまだ聞こえる彼女の声。こんなに歩いて距離が離れないって、後ろの子と私の足の長さはどれだけ違うんだろうか。平日の朗らかで長閑な時間にうるさいのもその子たちだけだから目立ってるし。

あっという間に頭の中を占領してきた彼女にデジャヴを感じ正体を探れば、高校の問題児達(主に修二、蘭、竜胆、イザナ)に似ていることが判明したので関わらないのが吉。そう思った矢先また「マイキー!」と怒鳴り声が。

明らかに聞き覚えもあり、更にはそんじょそこらにはいない名前が木霊したような。だって今、マイキーって言ってた、よね?もしかしてあの?この前強引に抱かれに来たあの子だったり?その瞬間、後ろをチラ見して目が合ったら気まずいとか、じろじろ見て面倒を起こしたくないとか、そんな心配が揃いも揃って弾き飛ぶ。最早反射で、答え合わせのために後ろを向いた。

「んぁ……?あーっ!名前ちゃんだぁ。へへ」
「……ちわっす。おい、起きたんなら降りろ」

ほぼ確定だった彼女はやっぱりマイキーで。けど、それよりも。私は目の前に高身長巨乳ヤンキー女子がいるのが大変誠に気になっている。圧巻されている場合じゃないが、髪型が独特な上タトゥーまであるのだ。私のタイプを詰め合わせしたような女の子と出会って、普段通りの状態にすぐ立て直せるわけがない。どうしよう可愛い。めちゃくちゃ最低だけど朝から興奮してきた。

そんな最悪な心の内を露出したつもりはないが、邪な目で見ていたのがマイキーにはバレたようで、さっきまでぽやぽやしていたはずの彼女の顔が一気に鋭くなる。真っ黒で、光を一切許さない瞳が怖い。

「センパイおーはよっ。……で、朝からケンチンに浮気?ちげーよな?」
「……おはよー……」

浮気相手の疑惑をかけられた彼女の背から降り、目を合わせてくるマイキーから、ひょいっと視線を逸らす。すると斜め前からうんざりしたようなため息が聞こえた。

「おいマイキー、オレ巻き込むなよ」
「……ふーん?んなこと言って、ケンチンだってこの前名前ちゃんの妹分になりてーっつってたのになー。巻き込まれんのだってホントは嬉しいでしょ?」
「テメっ、それは……!」
「さっきだって、後ろ姿だけで名前ちゃんのことわかっちゃうしさー」
「っマイキー!」

私は今一体何を見せられているのだろう。ケンチンと呼ばれた彼女とマイキーの口論に挟まれ、学校へ向かう足を恐ろしい程にペースダウンさせられていて辛い現状。この逃げ道はどこだろうか。

ケンチンには悪いと思いつつ蒸し返すけど、妹分って姉妹制度のことかな。
だとしたらこの子、密かに私の妹分になりたがってたってこと?なにそれ、そんなの可愛いにも程があるでしょ。うちの学校にその制度は根付いてないだろうけど、私としては全然アリ。寧ろならせてください。

「オレと名前ちゃんはケンチンには越えられないレベルで仲いーもんね。いろんなことヤっちゃったしっ」
「は……」

辮髪を揺らして私を見る顔は、こっちも同情してしまうくらいに切ない表情で息が詰まった。

「…………だから別に、オレは興味ねえって。もーいーわ、先行ってる」

マイキーを振り切って足を早めるケンチンに、あっ、と声が漏れる。私はこの光景しか見ていないにしろ、なんとなく彼女がマイキーの世話係なのだけは理解できていた。

朝から人1人おぶって登校させられた挙句、オブラートなしの煽りを喰らえばそりゃ腹も立つだろう。マウント取られんの嫌だよね。私も関与しちゃってるみたいだけど。

そうして叱るつもりでマイキーを見ると、少し焦った顔をしていたのでやっぱりこの子はおばかちゃんだなと口角があがる。どうでもいい人達ならこのまま見送って終わりにできたが、ケンチンの場合にそれはしたくない。できるなら散々遊んで開発して、ドロドロにしてからのバイバイがいい。せっかくレベル高い子に好かれたんなら遊ばないと。なんて胸算用をする私、もしや最低?

「あ、待って。えっと、ケンチン?」
「えッ、は、あー……龍宮寺堅、です」
「堅ちゃん?」
「……っ堅ちゃん、です」

とりあえず第一関門、ケンチン改め堅ちゃんを引き止めることに成功した私である。隣で手のひらに頭を擦り付けてくるマイキーを適当に相手してる内に堅ちゃんとも手を繋ぐ。両手で全くサイズの違う手がぎゅっと、或いはそっと私の手を握っている。ステゴロが得意なのか2人とも手が荒れているみたいだった。

「な、なんで手なんか……」

前髪も頬を隠す触角もないので、染まった顔が良く見える。強面なくせしてそんなにピュアだと、私はギャップで死んでしまうかもしれない。

「妹分、なる?」
「え……まじ、すか」
「ッハァ!?なんでケンチンが!?」
「だって気に入っちゃったんだもーん。ダメ?」

以前私の顔が好きだと泣きながらよがっていたマイキーに、わざとらしく可愛こぶった顔を作れば「うぅう〜〜……」と悶えて私に寄りかかってくる。総長こんなにちょろくて大丈夫かな。

「あの、オレ」
「うん?」
「なりたい、っスけど、なんでオレなんか……」
「気になる?」

何度も何度も堅ちゃんには申し訳ないが、やっぱり見た目に反して中身はかなり女の子というか。あとは少しメンヘラの片鱗が見えた気がする。
度が過ぎなければメンヘラも好きな私は、いい傾向だと思いながら堅ちゃんの手に頬を擦り寄せた。温かい手がピクっと揺れたのが面白く、更に信号待ちで手の甲にキスをした。その途端、彼女は壊れたみたいに急いで信号のボタンを押しに行ったので、その姿がツボに入ってしまった。マイキーは「こんなケンチン初めて見た」と笑い半分困惑半分で彼女を見つめていた。

「じゃあ頑張ってね」
「うん!あ、ねぇ、今日昼一緒に食いたいなぁ」
「マイキー、高等部は弁当でオレらは給食だぞ。諦めろ」
「やだ!オレ給食名前ちゃんとこ持ってくからいける!」
「いけねーよやめろ」
「うん、それはやめてほしい」

10時45分過ぎ。校門を潜り、それぞれの下駄箱へ向かうべく彼女らと別れると、遠くの窓から私を覗いていたらしい修二がいたので控えめに手を振ってみた。ヒラヒラと振り返してきて尚私を見つめる彼女に、予想以上に愛されてることを実感する。

そういえば修二から3時くらいにメールが来てたけど、朝起きれたんだ。私が明日は学校行くよーって言うと、結構な確率で"オレも行く"って言って本当に来ちゃうにしても、今日も来るのはさすがに予想外だった。案外犬っぽい修二に、私はなにかある度懐かれてることを自覚させられている気がする。

「ばぁ」
「んふふ、髪の毛見えてたよ」
「んだよつまんねーなぁ」

てっきり修二は教室の後ろを分捕って待ってくれてると思っていたが、わざわざ廊下の方にまで出てきて私を迎えに来たみたいだ。おはようと声をかけると手を繋がれる。末端冷え性は相変わらずのようで、気温が高い今日でも修二の手はしっかり冷たかった。

「今日ホームルームからいたの?」
「いや、さすがに起きれねぇよ。さっき来たとこ」
「えっ、もしかして1回寝た?あんな時間にメール来たからオールかと思ってた」
「んー、寝た。あんまオールすると肌荒れて化粧ノリ悪くなんだろ。オマエがくれたファンデ使えなくなんのヤだし」
「っしゅうじ〜!!すき!かわいいー!」

スレンダーでモデル体型な修二の体に抱きつくと、後ろにまわした腕は当たり前のように余る。そうしてさほど段差のない胸にむぎゅっと顔を寄せると修二は頭をぽんぽん撫でてくれた。

客観視してみると確かに、これは学校中から恋人と思われてもおかしくないな、と小さく笑いが零れる。一虎にもメールで聞かれたくらいだし、凡その人がその噂を飲み込んでいるのだろう。

それから偶然やっていた授業の先生が担任だったこともあり、職員室で遅刻届けを書く手間も省け、今日は一日安静に教室だなぁと思った矢先。

「オマエ今度は何に気に入られてんだよ」
「もー、マイキー、中等部の子はこっち来ちゃダメなの。わかる?…………私の弁当勝手に食べてるし」
「ふぁっへなまえひゃんいあいお、んぐっ……やなんだもん!」
「だって名前ちゃんいないのやなんだもん、じゃねーよ」
「修二すごい、私わからなかった」

まさか別れ際のマイキーの言葉が本気だったとは思わず、楽しい楽しいランチタイムを修二と過ごそうとすれば彼女は足早に私の席へやってきて「さっきぶり」と微笑んだ。それが今から約5分前。そのまま膝の上へ自然な動作で乗ってきて、開きかけていた弁当を精一杯頬張るマイキー。パンパンに膨れた頬っぺが可愛く怒るに怒れず、柔らかく注意しながら頬袋をつついている私にも非はあるのだろう。

「オイガキ、名前の飯無くなんだろーが。とっとと帰れ」

私がマイキーの小さな口に焼き魚を放り込むと同時に修二が言った。マイキーは先程から修二を気にしていないようだったけど、その言葉でようやく弁当が一人分だということを思い出したのかグッと頭を上げ「そうじゃん!」と一言。そうだよ、私の食料が消えていってるんだよ君のお腹に。

「オラ、これ一口やる」

振り向いて申し訳なさそうな顔で見てくるマイキーに、気にするなと頭を撫でれば、修二が食べかけの菓子パンを差し出してきた。袋から少し多めに出されたピーナッツバターの香りがするそれを、修二手ずから頂戴する。

「んむ……これ好き!ありがとっ」
「知ってる。あー、オマエが好きな菓子も買ってきたんだよなぁ」

修二が袋をガサゴソ漁っている間、マイキーは私に許されようと必死に弁当の中の物を「あーん」なんて言って差し出してくる。が、それは元々私のものなのをお忘れではなかろうか。とはいえ中学生にそんなことを言うのも酷なので、ありがとうと言って底に占いが書いてあるミニグラタンを食べさせてもらった。

「なんて書いてあるかなー」
「グラタン?」
「そー」

マイキーの頭から少しズラして首を出し、プラスチックのゴミの上に書かれている占いを読む。

「……えっ、恋愛運星5じゃーん!今日絶対なんかあるよね?楽しみー!」

初対面から犬猿の仲を匂わせた2人だったが、私が期待に胸を膨らませた途端に「相手オレだろ」と言い放ち独占欲を惜しげも無く晒したので、案外この組み合わせは悪くないのかもしれない。

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