ギフトと運命の寿命は短いの補足みたいな話
この地に来て3ヶ月、あっという間だったなぁなんて思いながら背を伸ばすと長い腕に包まれ引き寄せられる。こうして体温を分け合うことにもすっかり慣れて、寧ろこう出来ない日は寂しさを募らせるようにもなってしまった。番におはよ、と声を掛け合って唇を重ねる。深くなりすぎる前にやんわり制止すると少しばかり拗ねたような顔をされてしまって褐色の肌に指を滑らせると手首を取られ掌へと口付けが落とされる。
「なんで?ダメ?」
「今日はユカリに会いに行く日だもん、ふにゃふにゃ顔になったら困っちゃう。」
「…確かにそれはダメだわ。」
くすくすと笑い合ってもう一度、触れるだけの口付けを交わしてから身を委ねれば軽々と抱き上げられた。今日はどう着飾ろうか、なんて楽しそうに笑う番にキミ色ならなんでもと返して戯れ付く。番とのスキンシップは大切なもので、触れ合う時間がないと不調を招きかねない。愛の女神が定義する愛がよく分からないと言えばそうだが、こうして触れ合うことで多幸感が胸を占めることには違いがないので合理的と言えば合理的なのかもしれない。彼の手ずから与えられた朝食を済ませたあとは化粧を施され、服を着替える。今日はアクアブルーのミモレ丈ワンピース、ピアスとネックレスは揃いのデザインでアクアマリンのやつ…いやこれ見たことないな、新調したやつっぽい。指先でピアスを弄っている間に随分と華奢で繊細なヒールまで履かせられていたので身支度は整ったようだった。あ、今日のリップちょっとオレンジっぽい。私オレンジ似合わないのによく見つけてきたなぁ。
「ありがと、ダーリン。」
「ん、こちらこそ飾らせてくれてありがとな。」
「可愛い?」
「自分の番が世界一可愛いに決まってるだろぉ?」
行こうか、と差し出された手に掌を乗せた。
「ケイー!」
「どしたの?」
「ラウレレが酷いの!」
二週間ぶりに会った姉に飛び付かれバランスを崩した私を支えてくれたリョウタくんに感謝しつつ羽をバサバサしている姉の頭を撫でた。キバナは仕事なので、私がこうして王城に来る時はリョウタくん、ヒトミちゃん、レナちゃんが交代で付き添ってくれている。なんで?と思ったが、オレさまのためと言われてしまったので頷いてしまったのはいつだったか。ユカリの護衛の二人に促されてガゼボに向かい席に着く。紅茶を一口飲んでから声を掛けると姉は拗ねたような顔のままアフタヌーンティーのサンドイッチを口に含んだ。
「羽捥がれた…。」
「なにしたの?」
「……お散歩行っただけだもん…。」
「遠くまで行って怒られたのね。」
「だってぇ!」
あの支配欲の塊みたいな男だ、ユカリに逃げるつもりがなくても逃げようとしたように感じて嫌だったんだろうなぁとあたりを付ける。多分大きく外してはないだろう。番になって半年なのだからいい加減本質に気が付くと思っていたが…そもそも気が付いていたとしてもやらかすのがこの姉なので多分一生やってるだろう。羽が禿げない程度であればいいが。妹として思うところもあるので護衛の二人に頭を下げたら笑みで返された、慣れっこなのかもしれない。
「そいえばさぁ、気になってたんだけど私の共鳴者って誰か知ってるの?」
「ん、龍ちゃんが教えてくれたから知ってる。」
「相変わらずリュージンサマは何でも知ってるなぁ。」
「なんでもではないけどね。気になるの?」
「好奇心!」
知りたがっていたと知った時にあの獅子が怒り狂いそうだが、それでも好奇心に負けたみたいだ。カップをソーサーに戻してから小さく溜息を溢す。私に被害がないならいいけれど。
「此処からだいぶ離れたところに住んでる人間の男だよ。加護持ちだけど私みたいな寵愛って言うか…どっちかというと呪いに近いかな。人間が生活するには随分厳しい…で済まないくらいの、妖精やら獣人やらがわんさか住んでる雪山にいる。」
「へー。」
「私も確かに龍ちゃんに生命力っていう対価を払っているし彼もそうなんだけれど彼の場合は寿命に近いかな。私は気怠いとか貧血とかみたいな体調不良に近いもので済んでるけど向こうはガッツリ寿命縮めてるっぽい。」
「それ大丈夫なの?」
「んー…多種族が争いまくってるからその中で生き残る為にはやっぱ物理的に力が必要じゃない?それを与えられる代わりに、って感じだから。」
うへぇ、と顔を顰めるユカリに苦く笑って返す。与えられる物に対して支払う対価としては正当なのだ、相手は神様なのだから。
「リュージンサマって凄いねぇ。」
「長く在るものだからってのもあるし、ユカリの共鳴者に関しては同じ神様憑きだからってのが大きいかな。」
「でもラウレレの過去とか種族とかは関係ないじゃん?何でわかるんだろ、と思って。」
「んー…その辺の詳しいこと教えて貰えないんだよね。ていうかほら、なんでもわかるし教えてくれるなら私の共鳴者が此処にいるって教えてくれるはずじゃん?龍ちゃんが知っていて私に教えてくれてたならユカリより先にこの土地に来てた可能性のが高いよ。」
「それもそうだわ。なんの基準なのかな。」
「そもそもこうだよって教えてくれるのも脳に勝手に情報が追加されていく感じだからさぁ…偶に声で教えてくれたりするんだけど。」
「そうやって聞いてると結構ホラーな感じするわ。存在しない記憶的な。」
「龍ちゃんが教えてくれたってとこまで理解してるし産まれてからずっとこうだから気にしたことないや。」
クロテッドクリームが苦手らしく避けて若干量のラズベリージャムを乗せたスコーンを頬張るユカリに倣ってスコーンを手に取る。ジャムをいちごにするかブルーベリーにするか迷ったがブルーベリーにしておく。ところで姉はスコーンに対してのあのジャムの量で口の中の水分は大丈夫なのだろうか、なんて考えながら口に運ぶ。流石王城、美味いなこのスコーン。でもキバナが淹れてくれるミルクティーの方が好きだな…いや、凄く美味しいんだけど。これは番だからかもしれない。フィルターみたいなもん。
「あ、そういや聞きたかったことがもう一個あんの。」
「おん?」
「ラウレレがさぁ、なんか最近すっごいエロい匂いすんの。」
「…ああ、番になったからかな。」
「え、今更?」
「私とキバナみたいに共鳴者なら最初からなんだけどね。フェロモンを含んでいるし番になってから互いに少しずつ変わっていくものらしいから。ま、番を繋ぎ止める為にそう感じるってのが一番有力な説かなぁ。」
「元々良い匂いしたもんな。ケイちんもそう思わん?」
「え?私そういう意味ではダンデの匂いわからん。」
「へ!?あんな匂いするのに!?」
「ユカリが最近感じてるのはフェロモン込みだもん、その匂いは番にしかわかんないよ。ユカリだってキバナの匂いわからないでしょう?」
「んんん?最初にくさいって言ってたよな?」
「それはあの人の元々の……いやまあ、言葉を選ばなければ獣臭いって意味もあったけど…私が最初に言ったのはマーキング込みだったからくさいと表現しただけだね。普段はあの人の匂いなんてわからないよ。」
記憶をひっくり返しているみたいで首を傾げながら視線を彷徨わせている姉を眺める。番の匂いは本人にすらわからないのだ、番にしか伝わらないのは常識なのだが…まあ、純種じゃなければ共鳴者が存在しないと思っていたくらいだし今更大きくは驚かないけれど。おら、と手首を差し出してみればふすふすと匂いを嗅ぐ。
「どんな匂いする?」
「んー…あまい……ベリー?」
「それはスコーンに付けたジャムでは?」
「え、じゃあわからん。」
「番が居る相手だとそんなもんよ。」
「ほへー……よくわかんねぇや。」
「こればっかりは理屈どうこうじゃないからねぇ。番にしかわからない、とだけ覚えておけばいいよ。」
モネ婆はこの姉の育ての親でもあるのに本当に興味なかったんだな。確かにそんな話を聞くくらいならどこかに遊びに出てしまった方が楽しいと思っていたようだし、仕方ないっちゃ仕方ないのか。因みに姉の言うえろい匂いに関しては深く突っ込まないようにしようと思う、多分ユカリも言語化出来ないだろうし。私には偶に薄っすら、鉄錆の匂いを感じるだけだし。
ショートケーキの上に乗ったイチゴに微妙な顔をしているのでフォークを刺して強奪する。相変わらず生のフルーツはあんまり好きじゃないらしい。
「ケイちんはさ、私の匂いわかる?」
「んー…ユカリの元々の匂いを知ってるから、多少は?」
「どんな匂い?」
「そだねぇ……金木犀、かな。」
「いや、めちゃくちゃ好きだけども。」
「甘い匂いなんだよねぇ、ただ私が感じるのはそうなだけだからダンデはまた違う物をあげると思うよ。」
「んええ?そんな変わるん?」
「ダンデは番だから当たり前。キバナも花の匂いまではわかるかもだけど…ま、十中八九今は何も嗅ぎ取れないだろうね。」
人の番になった相手なんて匂いがわからないのがベターだ。私がダンデの匂いをわからないように、キバナもユカリの匂いがわからない可能性が高い。付き合いが長いから嗅ぎ取れる部分もあるが、本質的な部分はやはり番にしかわからないだろう。恐らくキバナやネズなんかは番となる前の匂いを知っているから何となく、強いて言うなら花っぽい気がする、で終わると思う。元々自然を愛する女だと知っているから花の匂いだと感じているのかもしれないが、こればっかりは何とも言えないな。
「そういや、匂いもだけど…一応、本当に一応の確認なんだけどさ。」
「うん?」
「寿命の方は納得してんの?」
「じゅみょー?ラウレレもそれ言ってた気がする。」
「うん、そっちも結構差があるでしょ。」
「あ、そっか!死ぬ時一緒か!」
「頭痛くなって来た…。」
「すまぬ。」
申し訳ないとは思っているのかそろそろと視線を泳がせている。死ぬ時一緒ならいいよ!と、たぶんそんな感じで快諾したんだろうな。
「差があるのは分かってるけどどんくらいかわからんない……んだよねぇ。」
「ンー……ザックリだけどユカリみたいなのは200〜500年くらいじゃないかな。」
「振り幅すごない?」
「混血は血の濃さで左右されるからね。」
「そっか…そうだよなぁ。私はどんくらいだろ。」
「100年ないね、ダンデが番になったから。」
「アッ。」
「獅子と考えれば長生きだよ、恐らく100年は生きられないからユカリもその時にかな。」
そっかー、とぼんやりしたような返事。上手く処理出来てないのか、そもそもピンと来ていないのか。数百の寿命が半分以下になるというのは現実味を覚えないのかもしれない。私と違ってそういう知識もなかったから仕方のないことだろうが……いや、モネ婆の話聞いてたら良かったんだけど。
「ケイちんはどんくらいなの?」
「ん?」
「そっちも差あるんしょ?」
「まあ…私の寿命が数千、キバナの寿命は千ってとこじゃない?」
「桁違い!ねえ!文字通り桁違い!!」
「そりゃあ純血の魔族と純血のドラゴンですからねぇ。因みにユカリの護衛の女の子の方、精霊族だから万年生きるからね?」
「ヒェッ…長生きさんなのね……。」
「私は千年ちょっとかなぁ、ユカリの10倍生きるよ。だから…うん、ダンデと過ごす時間を優先してね。」
ぴくりと指先が跳ねたのを視界に入れた。何言ってんだと言わんばかりの強い視線と静かな圧にへらりと笑って返す。ごめんね、突き放してないよ。
「怒るよ。」
「違う違う、ごめんって。」
「ラウレレとケイは別、どっちも大事。」
「うん、ありがとう。でも番を大事にして欲しい。それはユカリを守ることにも繋がるんだ。」
「……ンンン。」
「ダンデと共にあって、幸福であればある程、私もユカリと一緒に居られるんだ。だからダンデと一緒に幸せだって過ごしていて欲しい。ユカリが居なくなった残りの千年を笑顔のユカリと過ごさせて欲しい。ダメ?」
「んんんんんん…ダメじゃない……ダメじゃないけどぉ!」
「うん、ごめん。でも置いていくとか考えなくていいからね?私にはキバナが居るからひとりぼっちにはならないよ。大丈夫だからね。ユカリのことずっと大事だよ、これからも一緒にいよう?ね、お姉ちゃん。」
泣き出しそうな顔になってしまったが、獅子にバレたら私が縊り殺されそうなので泣かずに済んで欲しいところだ。頬を両手で包んで笑って見せる。種族は一緒なのにね、悔しい。でも姉の選んだあの人ごと大切にしたいとは思うくらいには私は姉が大好きなので。記憶に残る姉の姿はいつでも笑顔がいいなと願って額に口付けた。
龍神の愛し子から、だいすきなキミに祝福を