試験期間である今、どの部活も活動はしていなくて、わが吹奏楽部も、軽いミーティングだけで、音楽室を出ると、放課後にはいつも聞こえていた運動部の声も聞こえなかった。


部活がなくても、テストがやばくても、相変わらずスコアボードと睨めっこしていた御幸は、私が音楽室から戻ってくると、スコアを閉じ横に置いておいた参考書を開いた。


「悪いね、緋色ちゃん」
「本当に悪いと思ってるの?」
「思ってる思ってる」


へらへら笑う御幸にため息をつくと、彼の隣に腰を下ろし、私も数学の参考書と言いたいところだけど、スコアを開く。


「で、どこがわからないって?」
「え、勉強しねーの?」
「家でやるよ。
これから一時間、御幸にみっちり付き合うから。赤点とったら許さない。」
「おー」


なんか気合い入ってんなー、なんて相変わらず軽くつぶやく御幸の頭を抱えグシャリと掻き乱し、最後にぐっと頭を抑えた。


「わからないところがあったら、言って。」
「おー」


それからすぐに御幸は、数学の問題集を解き始め、私は横でスコアをめくり、シャーペンの音と本をめくる音が、静かな教室にこだまする。


「吉岡」
「んー?」


スコアから視線を上げて隣を見れば、御幸と目が合う。

「どこかわからない?」
「いーや」
「…あ、参考書?」
「違う」
「じゃ何?」
「…ライン教えて?」
「ん?あれ、交換してなかった?」
「うん」
「あー、そうか。
うん、ちょっと待って」


交換した気になってたわ。
スカートのポケットからスマホを取り出し、操作しながら「とりあえずIDでいいかな?」と、画面を見つめる。


「ん。」
「これからIDだから、スタンプでもなんでもテキトーに送って」
「了解」


そう言ってスマホをポケットにしまった私は、再びスコアに視線を移す。


「夏休み部活?」
「そーだよ、今年、大会ない分、マーチング、学園祭に定演、アンコン。盛りだくさん。
御幸もでしょ?」
「まぁな」
「夏合宿という地獄が待っている。」
「なんだかんだ言って、受け入れちまうのってマゾ?」

無言で御幸を指差せば、「お前もだろ」って言われた。


まぁ、それもそうかもしれない。
夏合宿のマーチングは死ぬ。その辺の運動部より辛いと思う。


「御幸はさ、進路とか考えてる?」
「まぁ、それなりには。
吉岡は?」
「そりゃ、無難に大学行って就職だよ」
「フツー」
「普通が一番。それに普通にって案外難しいんだから。」


恐らく兄と同じ大学を目指すんだろうなって、気がしてる。
近くで応援していたいから。大会とか、応援行きたいし。


「吉岡」
「んー?」
「大会全部終わったら、どっか行こう」
「え?」

その言葉に驚いて顔をあげれば、珍しく真面目な目と視線が絡む。その目は、反らすことを許さないような鋭さがあって、思わずスコアをめくる手を止めた。


いつからこっち見てたの?そんな疑問も浮かんでくる中、御幸が再び口を開く。


「どこでもいい、どっか2人で」

それってデート?なんて、思ったけど。

「…分かった。楽しみにしてる。」


そう笑えば、緊張していたのか彼はホッとしたような笑みを浮かべた。

御幸がどういう意図を持ってそう言ったのかは分からないけど、私は素直に楽しみにしてようと思う。

まだ一緒に居られるということを喜ぼう。