「定演の曲、いつか候補出しとけってさ」
「え、候補だしたら、考えてくれるの!?」
「しらん」
「おい」

ケラケラ笑って出て行く清佳に続いて音楽室を出る。


今日はどこでやろうかなぁ。
個人練習譜面台と楽譜を持って、練習場所に選んだのは、校舎と体育館をつなぐ渡り廊下。ここは、あまり人通りもないし、ベストポジションだろう。



「緋色さん」
「ん?」
「164の頭一緒に合わせてもらえませんか?」
「おー、わかったわかった。」

やってきたのは同じパートの後輩。一年生ながらも、大会メンバーに選ばれた将来有望株。

隣に譜面台を立てて、少しだけ申し訳なさそうな表情をする彼に、少しだけ笑ってみせる。


スクラップブックをめくりながら、「じゃあ、少し前から行こうか。」そう言って、チューナーでテンポを鳴らす。


「いちにさんし、でいくよ」
「はい。」


そう言うと、彼は表情は真剣そのものになる。クラリネットをくわえると、視線を合わせて、「いくよ」と、つぶやき軽く足を鳴らした。

「うーん、なんかピッチあってないなぁ、Cの音頂戴?」
「あ、はい」


「うーん、低い。
もっと強く、…どーぞ」

チューナーを見ながら、フラフラする音を定めていく。何度か繰り返すうちに、次第にフラフラとチューナーが揺れなくなってきた。


「あー、それそれ、その感じで、ハイ忘れないうちにー、さんし」

10分くらい練習すると、だいぶ揃ってきて、彼もだいぶ安定してきた頃。

「そろそろもどろっか、6時から合わせるって言ってたし。」
「はい。」


譜面台をたたみ、スクラップブックを小脇に抱える。


「緋色さん。」
「んー?」
「…彼氏とかいるんですか?」
「なぜそんなそんなことを聞く。」
「…好奇心です」
「…いないよ」


気になる人はいるよ。そう思って、パッと浮かんだのは、不本意にも奴の横顔で、ホームベースで指示を出す姿だった。

袖で汗を拭き、マスクをかぶる。そんな見たこともない真剣な姿はとても眩しく私は一瞬見とれた。


「お」
「あ。御幸」
「よー。」


水道を挟んで、白い練習着姿に身を包み、タオルを頭にかけた御幸と目が合う。


「練習?」
「そー、これから合奏。
そっちは休憩?」
「まぁな。」

そう言いながら、サングラスをかけて帽子をかぶる。

やっぱ、悔しいくらいに似合ってるよなぁ…サングラス。
倉持とかかけてたら、ギャグにしか思えないのに。顔のいいやつはこういうところが得だよね。性格はともかくさ。

「お前失礼なこと考えてるだろ。」
「まさか。サングラス似合ってるなー、って思ってたんだよ」
「本当かよ」

目を細めて疑う御幸に、笑いながら「かっこいい、かっこいい」といえばすぐに「だろ?」とか言って調子にのるから、本当性格で損してるよねこいつ。


「緋色さん、そろそろ時間…」
「あ、そうだった。急がないとね。
御幸!また明日ね、練習頑張って」


「じゃね。」と手を振って小走りで歩き出した私たちを、また御幸が引き止める。


「緋色!」
「…え?」
「お前もな!」

そう言ってニッと笑って手を振った御幸は、練習に戻っていき、私も後輩と一緒に音楽室へ急いだ。


…つか、なんで名前で呼んだんだ?