特別な日に
「で、なんでここ?」
幸いにも高専の場所が、割と都心の近くにあったために、私はなぜか五条と共に銀座にいた。
あれから、仕事が終了したと同時に「さーて行こっか」なんて、やたらと機嫌良さげな五条に連れられてやってきたのは、よく雑誌などに掲載されているお寿司屋さんである。
何とかって言うランキングでも、常に上位に名前が並んでおり、かつ高級ながらも予約が取れないと言う人気店だ。
カウンター席に案内された私たちは、言われるがままに一番端に腰を下ろす。店は開店したばかりのようで、お客さんは一切おらず貸切状態だ。
席に着くと、何もしなくても五条が勝手にお酒やら何やらを頼んでくれて、私はこの店に入って、こんばんはしか言葉を発していない気がする。
が、そんな事も言ってられずようやくここで冒頭にもどるのである。
「え、寿司嫌いだったっけ?」
「いや、むしろ好き」
「ならいいだろ」
そんなことをしているうちに、注文していた品が届き
、結局のところさっきの質問の答えは誤魔化され、聞くことはできなかった。
五条は、ささっどうぞどうぞ、なんてふざけながらお猪口に少しだけお酒を注いでくれて、自分はお茶の入ったグラスを持ち、笑顔でこちらをみている。
えっとこれは、乾杯待ち?
おそるおそるお猪口を持ち彼を見ると、五条が持つグラスとカチンと小さくぶつかった。
「誕生日おめでとう、衣織」
そう微笑んだ五条に、少しだけお猪口を持つ手が震えた。ただただ彼を笑顔を見つめることしかできなくて、でも静かにドクンと心臓が波打ったのがわかった。
「……え?」
「え?…もしかして、忘れてた?」
「う、うん」
最近バタバタしすぎていて、日にちの感覚に疎くなっていたから、今日がまさか誕生日だなんて考えもしなかった。
そっか、今日誕生日か。なんて、しみじみと考えながら、一口お酒を含むと、冷たさとお米の香りが口一杯に広がっていく。
「今日は特別に僕の奢りだから、好きなもの頼んでいいよ」
なんて、どこか嬉しそうにはなすもんだから、遠慮なくご馳走になることにしよう。そしたら、また来週から頑張れる気がする。
「じゃ、鮪下さい。」
そう言うと五条は、隣で満足そうに笑った。