雪解け

あれから少年院の時間での事後処理に追われ、それに加えて繁忙期のせいで、私のデスクには各地に派遣された呪術師からの報告書の山が完成していた。

伊地知さんも新田さんもそれぞれの書類の山を少しずつ崩しながら、呪術師を送り出している。

かくいう私も、報告書が溜まりに溜まりすぎて、パッとみた時計は21時を示していた。
時間外労働だ、これ残業代出るのかな。なんて、考えながらもタイピングの手は止めない。

シンと静まり返った補助監督室に、カタカタとキーボードを叩く音がこだまする。あと少し、これを完成させたら帰ろう、あと30分で何とかしよう。それ以上はもう無理。
瞬きさえも忘れそうになりながら、pcの画面を見つめること30分。

終わったー。
ファイルに保存に、キーボードから手を離した。よし、これで帰れる。もう帰る。帰るぞー。と意気込み、急いでバッグにスマホを放り込むと、肩にかけ入口に視線を向ければ、いつからいたのか薄暗い部屋の中にゆらりと揺れる人影があった。

「終わった?」

その声の主は珍しく私服姿にサングラスをかけ、入口でヒラヒラと手を振っている。

「いつからそこに」
「んー、少し前かな?」

絶対少しじゃない気がするけど、もうそこはあえて触れないでおこう。きっと話がややこしくなる。

「それで、何か用?」
「少し、話をしようと思って」

そう言って五条は、私の返事も聞かずにいつものようにソファに腰を下ろした。まだ、聞くと入ってないんだが。とは、言える雰囲気じゃないようで、はぁ、まだ帰れないのか、なんて思いながらも渋々反対側のソファに腰を下ろす。

「それはそうと、衣織痩せた?」
「え?…あぁ、最近色々立て込んでてさ、食事を後回しにしてたから。」
「そういうの良くないよー、もう若くないんだからさ」


あんたに言われなくたって、知っとるわ。

相変わらずの調子で話す五条に、変わらない苛立ちを抑え込む。
本当にこいつのこういうところは、学生時代から何ら変わっていない。

「で、話って?」
「悠仁の事なんだけどさ」

珍しくどこか恐る恐るといったような話し方をする五条に、こいつも一応気にしてはくれてたのね、なんて全く関係ないことを考えてしまった。

「あぁ、そう言えば硝子担当するって言ってた。
なんか分かったの?」
「へぇ、いつになく冷静だね」
「こんな時間にわざわざこんなところまで、冷やかしに来たの?」
「悠仁は生きてるよ」
「は?」
「でもこれは、交流会まで秘密ね。」

口元に立てた人差し指を添えてニヤリと口元を歪める。

「詳細は話せないけど、硝子が衣織には伝えてやれっていうからさ。」
「そっか…」

生きてるのか。その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けるような感覚に陥った。そして、はぁとゆっくりと息を吐き出す。


「まっ、交流会楽しみにしててよ」
そう言うと彼は立ち上がると、入り口の方へと歩き出す。その背中を見上げていると、視界の端に映った自身の手が震えていることに気づいた。
いつからかピンと張っていた糸が、ゆっくりと緩んでいくかのように、じんわりと両手が熱を取り戻す。

両手のひらには、爪の跡がくっきりと残っていた。

「何してんの、衣織。帰るんだろ?」
「あ、あぁ、うん。」

入口で不思議そうに首を傾げる五条に返事をすると、バッグを握りしめ入口は急いだ。

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