予報雨

ぐしゃりと潰れた花びらが、雨で濡れた地面を覆いまだら模様を形成している。先ほどまで綺麗だったその花弁に、生前の美しさはもうない。
その片隅で木に寄りかかりながら、ぼんやりと空を見上げた。

まだ、首を持ち上げる力が残っていたらしい。なんて、木に頭を預け冷静になり始めている自分に笑ってしまう。

帳はまだ上がっていないか、この近くに残穢は感じられないし、先程の呪霊も祓った。あとは、補助監督に電話をして、迎えに来てもらって、高専に帰れば任務完了だ。

だけど、自分の意思では動かなくなったこの足のせいで、ここから立ち上がることさえもできない。硝子はこれを治せるだろうか。

なんて思いながらも、伊地知さんに連絡を取ると同時に位置情報と現在の自身の状況を伝えると、慌てて電話を切られた。
別に足が動かないだけで、何かに挟まれているわけでも、血が出ているわけでも、ましてや死にそうになっているわけでもない。


霧雨が降り出す中、はぁと深くため息をつく。
まさかこんなことになるとはなぁ、なんてつい数ヶ月前までの自分を思い出す。
宮城で先生やって、教え子にくっついて東京まで来て、呪術師に復帰までしてしまった。
まさか、以前の等級が継続されているとは思わなかったけど。

それによって、有休明けにこんなにも面倒な任務をふられこのザマだ。まぁ、死んでないだけマシだろう。


「町田さん!無事ですか!」
「あ、伊地知さん。お疲れ様です。」
「お疲れ様ってそんな呑気なこと言っている場合ではないでしょう!」


珍しく鬼の剣幕、とはいかないが険しい顔をする彼に驚きながら、目の前にしゃがみ込んだ背中を見つめる。

「申し訳ありませんが、今応援が誰も来れない状況です。ですから私が車まで運びます。」

そう言って、乗れと促すように差し出された背中。


「いや、でも」
「一刻を争うかもしれないんですよ!早くしてください!」

いつも以上に強い言葉を続ける伊地知さんに驚き、フラフラと迷い空中を漂っていた両手で、彼の肩を掴む。そのまま手の力と腹筋で体を持っていくと、太ももの裏に手が回り、フワッと体が浮いた。

相変わらずダランと垂れ下がる足には、やはり力は入らない。

「車はすぐそこですので。」

そう言って私を背負ったまま走り出した伊地知さんは、本当にすぐ近くに止めておいた車に私を乗せると、帳を上げ車を発進させた。

「呪霊は祓いましたし、非術師への影響も有りませんので、高専に戻って何か言われたら、そう言ってください。」
「えぇ、分かりました。」
「あと、報告書はなんとしても出すので…。あと、硝子に、もし足がダメだったら躊躇わずに教えてって言っといてください、誰よりも先に。あと…」
「町田さん、もう話さないでください。続きは高専に戻ったら聞きますから。」

いつにも増して強い口調の伊地知さんとバックミラー越しにごしに目が合う。


「いや、聞いて伊地知さん。なんとなく今言わないとダメな気がするから。
もし、もしもね、多分ないとは思うけど、ダメだったら綺麗に解剖してよって、あと、悟には感謝してるって、また呪術師になれて感謝してるよって言っといて下さい。」
「分かりました、分かりましたから、もう話さないで」
「じゃあ、そうします。少し眠っても?」
「え、えぇ。もう少しで病院に着きますから。」


焦った伊地知さんの声を、ぼんやりとした頭で聞き流しながら、目を閉じた。なんだか、遺言みたいじゃなかったか?なんて、珍しくセンチメンタルな気分になっている自分が可笑しくて、それでも笑うよりも先にドッと疲れが襲ってきて、そのまま暗闇に飲み込まれた。

最後に、濡れた窓から見えたのは東京のビル群だった、ような気がする。

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