東京からの使者

虎杖悠仁が姿を消し、あれだけ盛り上がった学校破壊のニュースは、ようやく落ち着きを見せた。屋上の修復も終わった頃には、季節は秋になろうとしていた。

「町田先生、お電話です。」
「…電話?」

特に約束もしていないし、誰からだろう。そう考えているとそれが分かったのか電話をとった同僚は、「ヤガマサミチさんという方で、」と、受話器を抑えたまま聞き覚えの名前を口にした。

夜蛾正道。久しぶりに聞いた名前は、学生時代の担任だった人物だ。
先生には居場所を教えていきはしたが、これまで電話をかけてくるなんて一度もなかった。そもそも、どんなに緊急事態であろうとも、あの人が私を頼って電話をかけてくるはずがないのだ。
呪術界は、万年人員不足のブラック企業さながらでも、他人には任せられない唯一の仕事で、できるものがやる世界だ。

人命を危険に晒す仕事だと誰よりも知っているあの人が、中途半端に辞めていった教え子に電話などするだろうか。
否、絶対しない。
ということは、ヤガマサミチを語った別の人物。先生の名前を立場を知っていて、それを餌に電話をかけてきているということは、呪術師で高専の関係者。

なんてダラダラ考えても、電話をとって抑えていたとしても、少々お待ちください、なんて言った時点で、私の存在が向こうさんに発覚したも同然。

ここにきて私がいないと居留守は使えなくなったということだ。

「ありがとうございます。」そう言って、内線を回してもらい、自分のデスクに腰を下ろす。一呼吸置いてから、渋々受話器をとった。

「もしもし、お電話変わりました。」
「久しぶりだな、衣織」

ん?この声は…

「…えっ、本当に先生!?」
「なんだ、先に名前を伝えただろう」
「いや、先生の名前を語った偽物かと…」
「全くお前は…。まぁいい。
お前虎杖悠仁を知っているな。」
「えぇ、元教え子ですが」
「うちで預かることになった」
「そうですか。」

うちでとは、高専でということ。
やはりそうか。としか思えなかった。どこかそんな気はしていたから。

「驚かないのか」
「屋上を吹き飛ばした事件、あれは人間業ではありませんから。それに、あの場に微かな残穢が残ってました。」

別に残穢が残っていたからと言って、見えない人たちには何ら関係ないし、だからなんだという話になるのだが、デリケートな事件だった場合は、もう少し上手く仕事をしたほうがいいだろう。
特級呪物が何であんなところにあったのか、想像もしたくないが、それを知っていることを知られたら、タダでは済まされないだろう。
それこそ、私にとって最悪の事態が待っている。


そう、書類の影に隠れ口元を覆ってコソコソと話すと、通話の向こうではぁと先生があからさまにため息をついたのが分かった。

「…なんですか、文句あるんですか。」
「お前、こっちに戻ってくる気はないか」
「…は?」
「呪術師の人材不足はお前も知っているだろう。」
「存じておりますが、それとこれとは話が違います。」
「そうか。」
「それだけ、ですか?」
「あ、いや別に」
「虎杖悠仁が、連絡してほしいと言ってきてな。心配してるだろうからとな。」
「悠仁が。…そうですか。」

どうやら、悠仁は無事に先生の面接を突破し、晴れて呪術高専の生徒になったらしい。


「そういや今年の一年担任誰だか知ってるか?」
「さぁ、知りませんが。」
「お前の同期だ。
口止めしていない虎杖は、いつお前のことを話すかな、担任に。みものだな。
じゃ、伝えたぞ。」

そう言って恩師からの電話はプツリときれた。
受話器をそっと戻し、ため息を一つつく。久しぶりに話したけど、本当に疲れる。

いやいや、それどころではないだろ。
同期だって?そめそも、私の同期なんて3人しかいないんだぞ。
1人はもうこの世にはいない。もう1人は高専で医者をしている。もう1人は…。

「やっほー、衣織」と、ラウンド型のサングラスをかけ片手をポケットに突っ込み、ニコリと微笑むもう1人のクソ同期が、ヒラヒラと手を振る光景を思い出す。

あいつか。やっぱあいつか…。マジか。

「あの町田先生、大丈夫ですか?」

隣の席の同僚に笑顔で頷くと、再びため息が漏れた。
もうため息しかでねぇ。

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