「ゆーっくり話しをしようか。僕たちにはたっぷり時間があるから。ね?」

目を隠しているせいで、真意を読み取ることはできないが十中八九怒っている同期に半ば引き摺られながらたどり着いたある教室。

窓側に並んだ机の一つに腰を下ろした同期、もとい五条悟は、表情を変えることなくこちらをじっと見つめている。

そのプレッシャーに耐えられなくなった私は、ため息を一つつくと、五条が座る席の後ろに並んで座り、通路側に足を伸ばした。
前の机に座り、どこか探っているような雰囲気を出す五条に苦笑いを浮かべる。

そういうところは、全く変わっていないようだ。表ではなんともないように振る舞って、本当は返ってくる言葉に傷つきたくなくて震えている。
誰かを先に傷つけてしまえば、自分は傷つかなくて済む。
学生時代はそれを全面に押し出したような性格をしていたけど、あれから年月が経ち彼もだいぶ大人になったようだ。
だけど、今でも何かを恐れている。彼はそれを怖いと言わないし、助けてと人を頼ることもしない。


数分の沈黙の後、渋々口を開いたのは向こうからだった。

「いままで何してたの」
「あなたと同じ」
「…は?真面目に答えろよ」
「…中学校の先生だよ」
「え?」

そう驚いた声を上げたのは、五条のほうだった。

「宮城で教師やって、その教え子が今あなたのとこにいるでしょ。」
「宮城ってまさか、…悠仁?」
「そ。あの子は私が中学3年間担当したクラスの生徒だった。
まさか、私の教え子だった子が、今度はあなたの教え子になってるとはね。」

ホント不思議なことってあるもんだよ。

「何で教師なんかに…」
「うん、呪術師をやめようって決めて、何をするかを考えた時に、どっかの誰かの言葉を思い出してさ。」

親友を失ってもなお、呪術界のために、呪術界を根本から覆そうにしている同期に絆され、いつの間にか自信も同じ道を歩もうと決めていた。
そして、それなら中学校だと。

高専への入学のきっかけは、呪術師の家系ではない限り、自身への違和感から始まる。もちろん呪霊なんてものが初めて見えた子たちは、きっとこう思うだろう、自分はおかしいと。誰にも話せず、話しても信じてもらえず、孤独に陥りそれが呪霊を惹きつけるきっかけにもなってしまう。

だから、もし呪術高専に入学する可能性のある子がいたら、その子の話を聴いて、力になってあげたい。特殊すぎるが故に、なかなか相談もできないだろう悩みに寄り添いたい。呪霊に手を出される前に、私が何とか掬い上げたい。

そして、1人奮闘するあいつが作り上げる仲間たちが、少しでも増えてくれることを願って。そんなことをしているうちにだいぶ時間が経ってしまった。


「昔いたんだよね、1人で何もかもを背負おうとする奴が。もしかして、そいつの力になりたいって思ってたのかもしれない。」

ぼんやりとそんなことを考えると、はぁぁぁとやたら深いため息が聞こえてきて、驚いてその主を見上げると、額に手を当て目元を抑えるようにして項垂れる五条がいた。

「お前馬鹿じゃねーの。」
「え?」

今度はこっちが驚く番で、五条のその横顔を見ていると、スッと立ち上がり私の目の前でしゃがみ込むと、俯きながらも両手で私の手をとった。


「え、五条?」

そう名前を呼んでも、彼の顔がこちらを向くことはなく、白髪が目の前でフワフワと揺れている。

「…悟、どうした?」
昔みたいになるべく静かにそう呼ぶと、ピクリと肩が揺れてのが分かった。

フワフワしている目の前の髪に触れたかったけど、残念ながら私の両手は目の前の男にがっちりホールドされ、身動きがこれなくなっている。
今度は隙を見て触ろう。なんて思っていると、悟は下から覗き込むように、私を見上げた。

いつもは見下ろされているはずなのに、自分よりも目線が下にあることが珍しく、ドキリと心臓が跳ねる。

「さっきも言ったけど、僕らにはたっぷり時間があるから。今日はここまでにしてあげるよ。
さて、そろそろ帰ろうか。」

そう言って立ち上がった悟は、私の手をとったまま椅子から引き上げた。

「う、うん。」

立ち上がったと同時にスルッと離れた手に、僅かな寂しさを感じながら、見慣れた背中を追って教室を後にした。


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