朝敵

朝敵の長州

尽きるともなく溢れて来る幕兵に絶望的な戦況を見て取った久坂は、戦っている者へ生きてこの場から逃れろと叫んだ。



「寺島、俺たちもここまでだな」


逃げ出すのは、周囲は既に取り囲まれている状況では皆無と言えた。

討ち掛かって来る幕兵に、久坂も寺島も必至で刀を振る体には無数の切り傷ができている。



「なに、新しき世を諦めておらぬ者達がまだ居る。俺たちはその先駆けとなればいい。」


「そうだな。
高杉が、桂さんが残っていれば、長州はまだ戦える。」
「それに、あの馬鹿もいるしな。
あいつがきっと高杉や桂さんを導いてくれる。」


じりじりと円陣が狭まって行く。
二人が剣に長けていると言っても、何百人を相手に勝算はない。

「馬鹿?…あぁ、常盤か?」
「あぁ。」

悪友の華奢な肩と屈託のない笑顔が、頭に浮かんだ。先生が一目置いていた人物。
女ながらも、何事にも果敢に立ち向かう姿に、何度背中を押されたか。いや、あいつの場合つき飛ばされた、と言ったほうがいいか。


これで、あいつとも会えなくなるのか。
なにやら、少し寂しい気もするが。
だが、あいつは信用に足る人物だ。

きっと先生が目指した未来を作ってくれるだろう。

生きろよ、時和。




「さて、薩摩に首をくれてやるわけにはいかないな。」


 長州を京から追い出した相手に、捕縛される屈辱など選ぶことはできない。

「死んで逝った者達が待っている」
「ああ、逝かねばな」



久坂と寺島は構えていた刀を下し、幕兵から向きを変えて対峙した。



驚いた幕兵は、動きを止める。



「そやつらを召し捕らえろ!」


だれの声か判らない。

その声が耳に届き、向き合った久坂と寺島は笑みを浮かべ、持ち直した刀を横に抱えてお互いの胸元目掛けて一歩を踏み出した。







「そこをどかんか!」


一橋は兵を掻き分け、円の中へと入ってくると、倒れている久坂と寺島を見下ろした。


「目の前に居る者をむざむざ死なせるとは、貴様らはなにをやっている」


捕らえろと叫んだのは一橋慶喜だった。


入京した長州軍は三千八百名。

対する幕府諸藩は総勢五万。

後に禁門の変と呼ばれるこの戦いに於いて、長州側は四百名近い死者を出した。
幕府側の死者六十名に留まり、長州は幕府との攻防で惨敗を記したのである。

これからの長州を担うべき若者の多くが、この戦でその短い命を終えた。


終戦後、御門に於いて内裏へ向け発砲した罪を問うた朝廷は、長州藩を朝敵とした。


勅命が下ると、長崎・大阪・京都・江戸など、長州藩が所有しているの全ての藩邸が没収された。
また、支藩の長府藩邸、徳山藩邸全部と岩国領吉川家江戸屋敷も没収の対象となった。

藩邸没収により拘禁されたのは百十八名で、士格者は旧陸軍所に拘束された。
没収の際に抵抗したとして四十三名が討ち取られに至った。

百八十名は武士ばかりではない。士格以上は十七八名で、その殆んどが足軽身分で百余人。女も三人いたと言われる。


鷹司邸を焼いた炎は北風に乗り、一条通から南は七条の東本願寺に至るまで広がり続けた。

奇しくも宮部達が市中に火を放つ計画通り、町の半分を焼き落とす大惨事となった。

この大火は、長州の怨念が火を広げたのだと語られた。



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