時代の希望

「五稜郭で、死んだと聞きましたが?」
「桂と仲違いしたんだってな。」


ある日、屋敷に現れた洋装の男。
長かった髪をバッサリと切り、腰に刀はない。しかし、役者顔負けの綺麗な顔とピンと伸びた背筋、そして奥に眠る信念は、揺らぐことを知らない。



それは、私が昔から敵として戦った男と、なんら変わりのない姿だった。

五稜郭で最後を遂げたと、風の噂で聞いてはいたが、どうやらあれは嘘だったようだ。



庭で剣術を教えていた子らは、私の背に隠れ彼を見つめている。まだ幼い子らだ。あんな目つきで睨まれれば、恐れるのはの当たり前。
この人は、あいからわず子供にも容赦しないらしい。


わたしの着物にギュッとしがみつく子の頭を優しく撫で、中に入っていなさい、と促すと彼女は周りの年長の子に連れられ、屋敷の中に入っていく。



「そんな顔で睨むから、恐れられるんです。もう、威嚇する必要もないでしょうに。」

そう言って、庭に散らばった棒切れやらを拾いながら彼に近づいていく。

「余計な世話だ。」
「それで、どうしてここが?」
「ある筋から聞いた。」
「ある筋…ですか。
それで、あなたはどうしてここに?」
「……お前に逢いにきたと言えば、笑うか?」


思いもよらない彼の言葉、顔を上げる。そして、真っ直ぐに見つめる深紫の瞳に見つめられ、思わず言葉に詰まる。


私に逢いにきただと?
なぜ?今更なんだと言うのだ。


拾った木を庭の端に起き、改めて彼を見つめた。


「笑いますよ、今更なんだと言うんです。それに、私とあなたは、宇都宮で別れを交わしたはずだ。」
「あぁ。
それでも…」


忘れるなんて、初めから不可能だったんだ。そう苦しそうな表情を浮かべた彼は、珍しく視線を下げ、ぐっと手を握りしめた。


「生きる理由もないまま、生き残っちまった。」


生き残った?


「…死にたいとでも言うのか?
ならば、その首私が落としてやろうか?」
「……」
「望まずして死んでいった者たちに、あなたのその命くれてやりたい。」



志半ばにして、倒れていった仲間がたくさんいる。未来を見据え、先生の志を紡いでいくことに、命をかけた奴らが。



「相変わらずお前は手厳しい。」
「弱音なんて吐くからだ。」



どこか苦しそうに微笑んだ彼は、何も言わなくなった。俯き何かを考えているようだ。そう、言葉を選んで慎重に何かを伝えようとしている。

その顔は、昔と変わらない。眉間にしわを寄せ、何かを思案する。そんな些細なことにさえ、今では泣きそうになっている。




「でも。」



「君から居場所を奪った。
追い討ちを掛け、君の生きる理由を奪ったのは、私だ。
憎くくて、忌々しくて、ここに殺しにきたならば、この首、あなたにくれてやる。」



貴方になら、死ぬ以上の苦しみを味わった貴方になら、この首くらい、くれてやる。


睨む心持ちで彼の目を捉えながら言った。しかし、彼は安心したように微笑むだけ。


何故。
私は、首を差し出した。彼は私を殺しに来たのではないのか。
その懐にある短刀を私の胸に突きさせば、必ず私を殺せる。恨みを果たせるはずなのに。



「あの晩。」
「え?」
「俺を助けたのは、お前なんだろう?」


思いもしない彼の言葉に、思わず表情筋が緩みそうになるのをなんとか抑え、眉間にしわを寄せ彼を睨む。



「見当違いも甚だしいな、土方くん。」


感情を殺して鼻で笑えば、彼は視線を逸らして周りを見た。
先ほどから、ここで預かっている子らが、物陰に隠れて様子を伺っていることには、気づいていたがあえて気にしてはいなかった。

が、彼はどこかその存在を確認するかのように、縁側を見つめた。





そして、あの晩、というのきっと千景と一戦交じえた夜のことだろう。


この世界に来てよもや四半世紀。

今更になって、人間よりも敏感な探知能力にこれほど感謝したことはない。

人と違った気配を持った彼女を、目印にしたのは今でも悪いと思っているが、そのおかけでこの人とあの化け物の化身を断ち切ることができたのだから、そこに後悔はない。


私としては、それなりの対価を支払うことにはなったけど、この世界に来てないも同然だった力だ、今更惜しいとも思わない。

それに、この人が生きていたのだから、きっと喜ぶべきことなのだろう





「勘違い、か。」
「えぇ。
敵である君を助けることに、何の得がある?それに、ここは言わば君の仇の巣のようなものだ、くるのは控えたほうがいいのではないか?」
「そりゃそうだ。
が、手遅れだ。」



…手遅れ?


思わぬ言葉を発した目の前の男に、思わず眉をひそめる。なぜが、今まで見たことがないくらい、清々しい表情を浮かべていた。



そして、なぜか、言わんとした事がなんとなくわかってしまい、自由な手で彼の口を塞いだ。


「……それ以上は言うべきではない。」

珍しく驚いたように、見開いた目に、首を振って懸命に諭す。





「その行いには、貴方の忠義を、部下からの信頼を、無にするほどの価値など、存在しなっ 」



口元にある手を掴まれた、と思えば次の瞬間、耳元に温かい人肌と吐息を感じた。

癖のない柔らかい髪が、頬を掠めるように撫で、背中に回された腕が、私たちの隙間を埋めるように締まる。早い鼓動が、厚い布を通して伝わってくるようだ。


「全部くれてやる」

低い、焦がれに近い声。耳に響いた言葉が、神経まで震わせて心臓まで一瞬で届く。まるで、頭が揺れるようだ。



「俺自身も、俺の心も、全部持ってけ。」

触れるだけで、呼吸が止まりそうになる。
指が離れると、安堵と空虚がないまぜに胸に押し寄せた。


どっちを望んでいるのか、自分にもわからない。考える暇もなく、耳を触られて、頬に指が滑る。
彼の指は、どこか懐かしい感覚に苛まれ、見下ろしてくる熱い視線に体が動かない。

それだけじゃない深い感情が隠れて、思わずその瞳に真実を探してしまう。
心臓は早いリズムで高鳴る一方で、頭は冷静にそんなことを考えてしまうのだ。


「だから、お前を俺に寄越せ」


その言葉に、何もかもが崩れ去ったような気がした。




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