池田屋

嵐の前の静けさ



しかし、宮部さんの下僕忠蔵が尾行されたせいで新選組にアジトがばれ、奴らが桝屋へと踏み込んだのは元治元年六月五日の事だった。


宮部さんは不在だったものの、桝屋の蔵からは大量の武器火薬の類や、長州藩との遣り取りを記した文書などが発見され、その場に居た桝屋主人古高俊太郎が捕えられた。


「ちっ、忠蔵がしくじったか。」

ユラユラと揺れるろうそくの明かりの奥で、舌打ちをして顔を歪ませた。


古高は京の河原町にある諸藩御用達問屋枡屋を受け継ぎ、枡屋喜右衛門と名乗って攘夷志士達とともに日々活動を行なう傍ら、武器などの作成、調達を行ない、長州間者の大元締として情報活動と武器調達に当たっていたのだ。



最近は、ますます長州に対しての風当たりも強くなり、捕らえられたものも少なくはない。あれだけ注意しろと言ったのに、あいつは見誤ったのだ。






古高捕縛の報せを聞き、藩士達はどうやら池田屋に集まるらしい。



「常盤、お前どうする?」
「顔くらいは出すさ。」
「おいおい本当かよ。」
「平気だよ、鬼事は得意なんだ。」


友人が険しい表情を浮かべる中、そうニヤリと笑えば、呆れたようにため息をつかれた。だいぶ長い付き合いになるから、彼も諦めているのだろう。


「池田屋に向かう」
そう立ち上がった桂さんに、近くにいた吉田が、険しい顔をする。


「しかし、古高が捕まったとなれば、幕府方もますます警戒を強めるはず。
危険です。」
「それは分かっている。
しかし今こそ行かねばならぬのだ。」

「では、私がお伴します。
今、あなたに死んでもらっては困るので。」


恐らく止めても行くだろうと、最初からわかっていた。だから、私が折れるに他ない。
それに、池田屋には、先生が慕った親友でもある宮部殿も行くという。そんな彼が行くならば、自分が行かないわけにはいかない。



急いで身支度を整え外に出ると、月夜の下で見知った顔に出会った。



「気をつけろよ」
「ああ、分かってる」


私の肩をぽんっと叩いたのは、同じ松下村塾門下で、夜な夜な論を交わした吉田稔麿だった。


自分より年下だが同じ師をもつかれとは、夜な夜なこれからの日本について語り合ったものだ。


そして、吉田とともに出てきたのは、有吉だ。彼もまた高杉と久坂が結成した御楯組に加入し、品川御殿山の英国公使館の焼き討ちに参加したメンバーの一人だ。


「池田屋で。」
「あぁ。」

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