01


とても厄介な時に居合わせてしまったというのは、まったくこのことだ。


月の光が青白く広がる不気味な夜。

虫の音も聞こえないその闇を、男2人から逃げ惑う少年を見つけてたのが、そもそもの始まりだった。





息を切らし、必死に逃げる小柄な少年と、それを追う2人の浪人らしき男たち。
目当てのものは、恐らく彼の腰にあるもののようだ。刀は全くわからないが、それなりに良いものなのだろう。


彼らに追従するように、屋根を上を走る。月明かりがない分、私の存在は暗闇に飲み込まれ気づかれてはいない。それに、気配を察知できるほど、彼らに剣の腕はないようだ。




さて、考えるのもほどほどにしよう。
この状況をどうするか、だ。

彼はこのままいけば、必ず捕まるだろう。そしてきっと命を落とすことになる。
あいつらからかっさらうことくらいは簡単だろうけど、私には彼を助ける義理もない。

屋根の端に足をかけ、静かに見下ろしていると、漂う空気に違和感を感じた。

暗闇のもやがかかった足元に目を凝らせば、冴え冴えとした風は生ぬるく、吸う息さえも先ほどと違うものを感じさせる。

何だ。何かおかしい。


そう思って気配を探ったのが先か、男の悲鳴が先か。

静寂の中に、悲鳴のような金切り声が、月下に響き渡り屋根の際寸前で足を止めた。
そして、目下では「キャハハハハッ」と狂ったような甲高い声で笑う白髪の男が、刀を抜いたまま先ほどの浪士に迫っていた。



「な、なんなんだこいつ!」
そう切羽詰まった声を聞き流しながら、怯える男に迫るその化け物をじっと見つめる。



白髪の男。羽織る着物は…青…いや、あれは…浅葱色というやつか。

そして考えている間に決着はついたようで、むせ返るような血のにおいが、あたりに漂っていた。

振り下ろされた刀は、白髪の男の心臓をついたはず。少なくとも私にはそう見えた。
しかし、男は倒れることなく浪士に切り掛かりは、そして先ほどと同様に、刀を振りかざす。



人とは思えないほどの異常な動きと、その体に思わず目を細める。


なんだこれは。


それは、あまりにも異様な光景だった。血溜まりの中に倒れ伏している男に、狂ったように何度も何度もしつこく刀を突き立てる姿はまるで化け物だ。


その男は、透き通るような白い髪に赤い目に、斬っても倒れることのない体。月明りでどす黒く光る刀には、先ほど斬ったばかりの浪士の血がこびりついていた。


それは、ヒトではない何か。
そしてその化け物は、いつの間にか桶の影に身を隠す少女に迫っていた。



あぁ。危ない。



そう思ったときには、無意識のうちに屋根の縁を蹴って彼女の前に飛び降ながら刀を抜くと、斬りかかってくる白髪の男の胸に、刀を突き立てていた。そしてそのまま腹に蹴りを入れ、切り返して首を飛ばす。


「ギャアアア」断末魔のような叫び声同時に、血の海に首が転がった。



やはり、この独特の感触はいつになってもなれない。

先ほどとは打って変わって、グッタリとした化け物を見下ろし、刀にこびりついた血を払う。刀で横たわる自体をひっくり返す。

この羽織を着た集団は、この京にどれほどいるかは知らないが、私が知る内では一つしかない。

幕府で、何を作っているのか知れたものではないが、どうやら我らの脅威となることに間違いはないようだ。

ようやく静かな夜に戻った。と、刀を収めようとする中、今日に限ってどうもそう上手くはいかないようだ。


刀を鞘に収めつつも、手を離すことなく、グシャリと地に転がる化け物から視線をあげ、背中にいる少女の顔を確認しようと声をかけようとした時、塀の陰の気配が再び動いた。



今回は、化け物ではないようだが、もっと厄介なのは否めない。
白髪でも、狂ったように斬りかかってくる様子もないが、明らかに殺気を向けられている。

少女を逃す間も無く、鋭く刺すような殺気を感じため息が漏れた。

そして、思った通りの場所から現れた影は、私と少女を囲むように立ち塞がった。


人数は、3人。
味方ではないことは確かだ。

ブルブルと私の後ろで小太刀を握りしめ震える少女を確認し、ため息をついた。



この状態で、この子共々逃げ切ることは難しいだろう。しかし、捕まれば私としてはかなり厄介なことになる。


正体がバレれば、タダでは済まされないだろう。というか、拷問されてそのままあの世行き。あの世に行けるかは定かではないが。どちらにせよ、それだけは避けなければならない。



鰐口を切って、いつでも斬りかかってきそうな奴らと、数秒にらみ合ったあと、私は静かに鞘から手を離した。



「あれ、もう降参?」

そう挑発してきた彼に、無言のままゆっくりと口元を緩める。


「それとも、逃げられるとでも思っているわけ?」
「逃げる…何故?
私は、不逞な輩からこの子を助けただけですが?」
「ふーん、助けた、ね。
君とこの子の関係は?」
「さぁ、どこのどいつかな?」


そう肩をすくめて笑った。


「面白いけど、君のその余裕、いつまで続くかな?」


そう言って、剣先を向ける彼の刀を手背で少しだけずらした。その仕草に驚いたのか、一瞬目を見開いた彼。視界の端で抜刀した男がもう一人見えたが、その距離からではここまで届くまい。

それに、もう一人の男は、先ほどから様子を伺っており、手は出してこない。ということは、実質2人。

月明かりが、今日に限って私の逃走を邪魔してくれそうだが、そんなことは言ってはいられない。

京に住み着いてだいぶたつせいで、抜け道やらを熟知している。こんな奴らに負ける気はさらさらないのだ。



「そのとおり。」そう言いながら、近くと壁に刀を投げつけると、私は地を蹴った。
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