池田屋2
バタバタと複数の足音と共に、気配が近づいてくる。


まずい状況だと言う事は明白だ。
刀を抜いて、部屋から出て行く皆を見つめ、そっと障子を開けると、次々と新選組がここ池田屋に入っていくところだった。

ざっと十数人か…。
くそが。




腰に差した鞘を握り締める手に力が篭る。死ぬ気はないが、ここは行くしかないか。


そう思案している最中、一瞬、国の牢に入っている友人の顔が浮かんだ。


ここで死んだら、きっと笑われるだろうな。酒の肴にでもされるかもしれない。あの男なら、やりかねない。



廊下に出ると、その前には、刀を構えた望月が立っている。奥にも人影がいくつか見える。




「一体なんの理があって、我らに斬りかかる!」
「しらばっくれるんじゃねぇ。
おまえ達の企みなんざ、こっちはすべてお見通しなんだ。大人しく捕らえられるか、ここで斬られるか、好きなほうを選べ!」


やがて奥からも剣戟の音が聞こえてはじめた。

小さく舌打ちに、切り掛かってきたやつをなぎ倒すと、再び剣を交える彼らに視線を移す。



「望月殿、逃げろ!」


激しい打ち合いをしながら、望月殿が背中から土間へと姿を現す。
くそが。

歯を食いしばりながら、廊下を進むと再び人影が現れた。
あれは、

「宮部殿!
早くお逃げください!
裏口は、まだ手薄のはず。」
「蓉駕くんか。
私は逃げるわけにはいかないよ」
「しかし、宮部殿をなくしたら、先生に会わせる顔がありません!」
「あれはこれからの未来に命をかけた。私もあれに恥じぬ生き方をせねば。
それより、少しでも多くの志士を逃がしてくれ。」

「…ご武運を。」



今生の別れとなるかとしれないというのに、宮部殿の顔はどこか誇らしげに見えた。

先生が江戸へ護送される聞き、吉田の家の塀の穴から、先生の横顔を見た時を思い出す。

家族に迷惑はかけられないと、松下村塾に行かなくなったのに、吉田の家で隠れて本を読みふけっていた。最後に見た先生の顔は、悲しさなどには包まれてはいなかった。




それから、宮部殿の言いつけ通り廊下で戦う志士に加勢しながら、一人一人裏口へ導く。


真っ赤に染まっていく廊下を駆け抜け、勝手口から裏の入り口の手前に出る。


集まった数人の志士とともに、新選組の目を避けながら、暗がりへと身を潜めた。

そ池田屋から出た志士数人と、巧みに路地を利用し、知り合いの邸へと急ぐ。その中で、会津藩から出て来た藩兵に見つかったが、それでもなんとか切り倒し先を急いだ。

結局助かったのは、私とともに逃げた数人のみで、池田屋に集まりし志士は、一人二人と逝った。
その中に、古くからの友人の名前もあった。


彼の遺体は、刀を握りしめたまま道に倒れていたという。長州藩邸は、すぐそこだというところで、会津藩士に見つかり斬り合いになったのだろうと聞いた。




17/19
prev  next