襲撃


「常盤!っ、古高が新選組に捕まった。」


その知らせを聞いたのは、あの夜の鬼事からさ然程日も経たぬ、夏の日のことだった。




朝食を済ませ、これから近所の子と一緒に、壬生にでも行こうかと考えていたところに、これだ。

朝っぱらから最悪な気持ちにしてくれた友人をにらみつければ、彼も私と同様不機嫌そのものだったらしく、ドスドスと足を踏み鳴らし、荒々しく縁側に腰を下ろし、私の茶を飲み干した。




「余り驚いていないようだが?」
「あ?馬鹿言え。
これでも苛立ってるさ。
だが、時間の問題だろうとも思っていた。」


そもそも、桝屋に長州藩士が出入りしている、という情報を幕府側に掴まれた時点で、桝屋の主人である古高が捕縛されるのは、予想がついていた。

あれだけ派手に幕府の批判をしていたら、目をつけられるのは必須。



まぁ、なにがどうなって古高捕縛につながったのかは知らないが、八月十八日の政変のおかけで、長州が京から追放の処分となって在京の藩士達が長州へ下ることになっても、しぶとく政権への復帰を目論んでいたのはいいが、これでは今までやってきたことが水の泡だ。

そもそも、現時点で幕府が新選組をつかい、尊攘派志士や不逞浪士の取り締まりに当らせていたことなど、百も承知のはず。

そんな危険の余地もできずに、武器を確保を優先させた古高の落ち度だ。


現時点での幕府から要注意人物として耳目を集める者はまだ数少ないが、新選組や見廻組が動向に注意していると思われるのは、朝敵となった長州藩士桂さんや、久坂玄瑞、吉田稔麿、肥後藩の宮部先生くらいだろう。

今回の捕縛で、古高がどこまで吐いちまうかは、知らんがおそらく何も話さず死ぬほど、肝が座った男ではないことは確かだ。


ちっ。と舌打ちをし、湯飲みの置かれた盆を持って立ち上がる。


「おい、常盤」
「桂さんには」
「あぁ、入江が向かってる。」
「なるほど。
さて、どうするのかねぇ。」



はっはっはっ。と笑いながら、御勝手に茶碗をかたずけ、ちょうど裏に来ていた威勢のいい掛け声を引き止めた。


「新鮮な魚はあるか?」
「へぇ、これなんかどうでつしゃろ。」
「鯵か。ではそれをもらおう。」
「へえ。」


鯵を人数分と引き換えに金を渡し、魚売りはまた天秤竿を担いで歩き出す。


鯵の入った桶の中から、一枚の小さな紙を取り出し、再び吉田の元へ戻る。


「今夜、集まるそうだ。」
「まさか、行くのか?」
「顔は出しておこうかなと。」
「昨日今日で、奴らは躍起になってる、今夜集まるなど危険すぎる。」
「あいつらにそうやすやすと命をやるつもりはない」
「当たり前だ、だがな」
「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし

顔を出すだけだ、心配はいらん。」

眉間にしわを寄せ、私を睨む吉田にそう微笑み、今晩の支度を始めた。


支度が終わった頃には、あたりは夕闇に包まれ、昼間の活気など忘れてしまったほどに、しんと静まり返っていた。

家々に、ぼんやりと蝋燭の火が灯る。


身支度を整え外に出ると、月夜の下で見知った顔がいた。



「気をつけろよ」
「ああ、分かってる」


私の肩をぽんっと叩いた吉田は、やはり険しい表情を浮かべていた。彼と共にいた有吉も、今夜池田屋に向かうことになった。


「池田屋で。」
「あぁ。」



有吉とは別の道を使い、池田屋に向かうこととなり、長州藩邸から出ると、それぞれ道を違えて池田屋へと急いだ。


恐らく今朝のことがあって、桂さんが外出禁止令を出したこともあり、集まる志士はそう多くはないだろう。

本来今夜池田屋に集まるのは、全国の藩から選ばれ作られた勤王党親兵の同志と談義を行うためだったが、古高の捕縛により急遽奪還策を講じることになった。



宵闇に隠れて池田屋に到着すると、やはり今朝の桂さんに一言が効いているのだろう、未だに集まったのは、私と桂さんのみ。


座敷に通され、一言二言交わしているうちに、おもむろに桂さんが立ち上がり、刀を腰に刺す。


「少し出てくる。」
「…面倒ごとを押し付ける算段ではないでしょうね?」



そう言うと、なーに、すぐ戻ってくる。とにんまりと笑い、座敷を出て行った。




「遅くなった」

遅れて池田屋へとやって来た長州藩士。松田重助を最後にし、日が暮れる頃には、長州や土佐、肥後などの志士二十数人が池田屋に集まり、二階の一室には宮部、望月亀弥太を始め一同が鎮座していた。
しかしそこには、案の定桂さんの姿はない。結局面倒ごとを私に押し付けたのだ。




「幕吏ならいざ知らず、新選組に捕縛されてはどんな拷問を受けるか」


悲痛の色を浮かべた望月の顔が歪む。新撰組が恐れられるのは、容赦なく人を斬るからでもあるが、捕縛後の拷問の酷さが最たる理由も大きかった。


それは役所で受ける拷問の比ではないらしい。責め苦を受けて自白した者は、その殆んどが即刻斬首となり河原に晒される。

どれ程の苦痛が与えられて斬首されたか、苦痛に酷く歪んだ顔を見れば語らずとも判る事だった。


「どうする、宮部殿」
「俺は我らで乗り込み、古高さんを助けるべきだと思う。」



有吉の言葉に数人の志士が頷いた。
その一言をかわきりに、古高の処遇をめぐって、口角泡を飛ばすような議論が座敷に熱気として篭る。
そんな激しい舌戦の中、会合の首脳とも言える宮部殿が、それらをまとめた。


「新撰組を襲撃し、古高さんを奪取した後、混乱を誘うため京に火を放つ。それでいいか?」

「それはいかがなものだろう。」


そう口を挟んだ私に、一気に視線が集まる。思わず出てしまった口に、呆れつつ小さく息を吐く。



「私は、今日に火を放つのはするべきではないと考えます。
古高殿も、御覚悟あっての攘夷にあるはず。
いかな暴虐を受けようと志を違えることも、同志を売ることもないでしょう。
我らが再び御所の警護を賜ることが、叶いました時、古高殿を御救いすることは、実に容易になるでしょう。」
「要するに、古高殿を見捨てろということか!」

今にも斬りかかってきそうな勢いで、怒号が飛び交う。

飛び掛からんばかりに立ち上がりかけていた者たちを、じっと見つめる中一瞬の静寂。



その切り詰めた空気を裂くように、池田屋主人入江惣兵衛が一階から大声を張り上げた。



「各方、御用改めで御座る!」

直後、一階にいた土佐藩士石川が部屋へと飛び込んで来た。


「新選組だ!」

その言葉に、部屋に集まっていた志士たちが、一斉に剣を帯びて立ち上がった。そして、池田屋は暗闇に包まれた。
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