業火の気まぐれ
「私は少々用事がありますゆえ。」
「…天霧殿、その用事私もご一緒しても?」
「…蓉駕殿…分かりました、いいでしょう。」
「感謝します」
宇都宮城に討ち入った旧幕府軍は、
「蓉駕殿。
話はつきました。」
襖の奥から戻ってきた天霧殿は、少し厳しい表情を浮かべていた。
表情からして、あまりいい結果とは言えないのだろう。
「千景は。」
「もう、関わりないこと」
「そうですか。」
では。そう言って、何も聞かずに去っていく彼は、恐らく私の目的を知っているはずだ。それでも、何も問いてはこなかったということは、見逃してくれたのだろうか。
すぐに見えなくなった背中を後目に見送り、襖を開けると目の前に広がる業火の中に足を踏み入れた。
轟々と地鳴りのような音と建物が倒れていく中を進むと、炎の中に見えた横たわった体が目に入った。
それに静かに近づき、しゃがみそっと体を起こすと、相変わらず綺麗な顔があらわれた。
少しやつれただろうか。
目の下には色濃く隈がのり、顔色も良くない。この人は、どれほど無茶をしたのだろうか。
額にかかる髪をかき分け、そっと頬を手を添える。
男のくせに、綺麗な顔しやがって。
しっかりと彼の顏を見つめ、ゆっくりと目の下の隈を親指で撫でた。
「いつまで続けるんだあなたは。」
返事はない。
「自分を犠牲にして、この先に希望が見えたとしても、引っ張っていくやつがいなきゃ、どうにもならないだろうが。」
「…っ、るせぇ。
てめぇに…何がわかる。」
うっすらと目を開け、苦しそうに顔を歪めながら、私を睨みつける眼光は、相変わらず鋭い。
「わからないなぁ。
新選組のために、死んでもいいなんて思うあなたの気持ちは。」
膝に乗った深紫の瞳が、ギロリと不気味に光る。
怒鳴ったり遮ったりしないということは、私の話を最後まで聞く気はあるらしい。
「あなたが死んでは、元もこのないというのに。
この先生きて、未来を見たいとは思はないのか?自分の力で変えてみたいとは、思わないのか?」
数秒間、何も話さなかった彼は苦しそうに口を開く。
「俺には…守りてぇもんがある。」
「それが、あなたの命をかけるほどのものなの?」
「あ、ぁそうだ。」
新選組は、自分のの生きる理由だと、そう言った。
本当に全くわかってないんだから、この男は。他のことには敏感なくせに自分のこととなると、何にもわからなくなってしまうんだから、本当に困った男だよ。
「困ったなぁ。
君はいつもそうだ。」
ゆっくりと彼の手が伸びてきて、そして私の頬に触れ、前に下がった髪を耳にかける。
微かに彼が笑った気がした。笑顔を見たのは、いつぶりだろう。会うたび彼は苦しい表情をしていたから。
「私が守りたいのは、あなただというのに。」
「…っ、ほざいてろ。
今まで…、散々俺たちに刀を向けてきたくせに、何を言ってやがる。」
「なんだ、バレたか。」
そう笑って、彼の目を手で覆った。泣き顔は見られたくなかったから。
「そろそろ、お仲間が助けに来る頃でしょう。少し、眠るといい。」
そう言うと、彼の額に置いた手に、傷だらけの手が重なった。
そして、ゆっくりと握り締められる。
どうにも埋められない考え方の違いは、私と彼の間に立ち、そして、彼の姿を隠していく。
今を生きる彼と、未来を見る私。
どうにもならないことなのに、諦められない自分嫌気がさす。
どうしても生きて欲しいと思願ってしまう自分に。
「生きてくれ、土方くん。」
あなたの生きる理由になりたかった。
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