魂の橋
火の国からずっと遠くの、水の都と言われた街には、不思議な言い伝えがあるんだって。
言い伝え?
そう。
その街では虹は、魂が天へ登る道だと言われているらしいの。
え?
もしもそうなら、カカシのお父さんも、きっと登って行ったんじゃないかな?
だから、虹が観れた時は大切な人を思い出すんじゃないかな。
なんて、ね。
どうしてこんな時に、こいつのこんな言葉を思い出してしまうのだろうか。
数年前、ふと彼女が言った言葉だ。
魂の橋は、ヒイロが眠る病室から、忌々しくも美しくかかった姿が見て取れる。
病室に入ると目に入ってくるのは横たわったヒイロの姿だった。音もなくポツリポツリと、身体に補給される名前の分からない薬。
窓際に置かれた、何も挿されていない青い花瓶。独特の薬臭さ。有り余る白。個室の広さ。
全てが異質で、彼女には似合わないものだらけ。
そしてこの部屋の主人は、窓に近いベッドに寝せられ、髪を一房指に絡ませてもピクリともしない。
頬を撫でても、名前を呼んでも。
死んだように眠る彼女が、病院にとけ込むのがたまらなく嫌だと思った。
「先生、わたしちょっと呼ばれたから部屋を出るね。遅かったら先に帰っててもいいよ」
「うん。いってらっしゃい」
ナースたちが廊下を静かに、しかし焦りながらパタパタと走る音が耳に届く。
急患が運ばれて来たか、入院患者の容体が悪化したのか、患者の耐えない病院はいつだって忙しそうだ。
俺は白で埋められた広い個室にただすっぽりと座り彼女を眺めた。
生気のない青白い顔色に少しだけ血の痕がついている。
それは涙のように頬を伝い唇近くで途切れていた。ナースたちは足音が止み、病院は気が狂いそうなほど静かになった。
「…あ。」
青白い頬と黒い睫毛に視線を滑らせると、やがてヒイロは眉間にしわを寄せ、そして目尻からさらりと静かに涙が流した。
あまりにも珍しいことだったので、俺は涙を拭ってやるのも忘れて寝顔に吸い込まれるように目が離せなくなった。透明なそれは乾いた血の固まりを浸し、進路を変えて頬を滑る。
やがて耳まで伝い落ち髪がしっとりと湿った。指で軽く拭ってやるとそれは蛍光灯に照らされ、指先をすこし冷やした。
「大丈夫だから」
耳元で囁くと、安心したのかヒイロの表情がかすかに和らいだ。しかし、それでも目を開けることはなく、彼女は静かに眠り続ける。
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