村人Aの話
うわ、ヤバい。と思いながら目を細めて、床を睨みつける。
コンタクト落ちた。
生憎今は眼鏡を持っていないし、仁花はさっき部活に行ってしまった。
まさに八方塞がりで、これは何としてもコンタクトを探し当てなければならない。
床に膝をつきペタペタと床を触りながら、自分のいた場所の周りを探る。
クリーム色の床が、ぼんやりと視界に映る。
コンタクトって触ったらわかるものなのかな。そもそも、一度床に落ちたものを目に入れるって、それ大丈夫なわけ?
でもさ、コンタクトがないと家に帰れないよね、それは自信がある。
なんでメガネ持って来てないんだよと、今朝の自分を恨んでいると、かすかに色の違った何かが動いた。
触れた何か黒いものは、ずっと視界から消え降って来たのは、不快そうな低い声。
「…ちょっと、君何してるの。」
「すみません、」
スカートの誇りをパンパンと叩いて立ち上がり、声がした方を向くと黒いものがぼんやりと見えた。
多分それは学ランで、どこかのクラスの男子だろう。
聞いたことのない声だったから、声で人物を判断することはできなかった。
見知らぬ誰かに、この状況を見られていたことに、恥ずかしさを覚えながらも、そう返すのが精一杯だった。
彼が目の前からいなくなってから、再び床に膝をつき、再び床を触るもコンタクトの感触は見つからなかった。
体を起こして、床に正座をするように座った。
これ諦めた方が早いかな…。あ、お母さんに迎えに来てもらう…あ、でも今日夜勤で言ってた気がする。
仁花が練習終わるまで待ってるしかないか…。
「何探してるの?」
「え?」
この声はさっきの声だ。それはだいぶ近くに聞こえて、この声の方を見て答える。
「コンタクトです。さっき落としちゃって。」
「…コンタクトのことはよく知らないけど、床に落ちたものをもう一度目に入れるのってどうなの?」
うん、ですよね、ですよね!
仰る通りです!薄々気づいてましたよ!
「ですよね。」
その言葉で決心がついた。
諦めてため息をつき立ち上がりスカートのゴミを払っていると、目の前にいた彼も立ち上がった気配がした。
「どうも失礼しました。」
そう行ってペコっと頭を下げて、ぼんやりとする廊下を歩き出す。
とりあえず教室まで行けば、カバンの中にスマホがあるから仁花に連絡できる。でも、5組のプレート見える気がしないんだよなぁ。
「ねぇ」
「え?」
「そっち…」
ガクッと足が床につかなくなって、自分でもスローモーションのように、体が傾いていく。
あ、やば。
そう思ったのもつかの間、ガクッという衝撃の後、グッと力強く腰に回った腕とふわっと香るシャンプーのような香りが鼻をかすめる。
「っぶな…。」
ずっと近くで聞こえた声に驚きながら、じっと固まっているとグッと引き上げられ両足が床についた。
あまりの衝撃と驚きで呆然と固まっていると「君バカじゃないの!目が見えてないくせに、階段から落ちたら大怪我してたんだよ!」と引き上げてくれたであろう彼の檄が飛んでくる。
「ご、ごめんなさい。…ありがとうございます。」
ペコっと頭を下げる。ドクドクとうるさい心臓が、衝撃を物語っていた。
今私は階段から落ちそうになったのか。それを彼が助けてくれたのか。
まだ驚きで呆然としていると、誰かに手首を掴まれた。
驚いて腕を引いても、掴まれた手は抜けなくて、そのままグイッと引っ張られる。
「クラスと名前」
「は?」
「だから、クラスと名前は?」
「あ、1年5組町田衣織です…」
それを聞いた彼は何も言わず、歩き出した。
「あ、あの…えーと…」
「目見えないんでしょ、クラスのプレート見えるとは思えないんだけど」
「…はい」
何も言えねぇ。