いざ、東京遠征

「ただいまー」
「おかえりー、遅かったわねー。
ご飯食べるでしょ?」

玄関を開けるとすぐに、ふわっとお醤油の匂いがして、いままでお腹なんて減っていなかったはずなのに、急にグッとお腹が鳴った。
キッチンの母に返事をしながら、玄関の隅っこにある小さなスニーカーに気がついた。
白地に赤いラインの入ったデザインのそれは、明らかに私の足には入らないサイズだ。

「食べるー。」
「仁花来てるから、着替えたら2人分持ってきなさーい」
「はーい。」

…やっぱり、仁花か。

靴下を洗濯機に放り込むと、階段を登って一番奥の部屋の扉を開けると、案の定私服の幼馴染が、バレーのルールブックを読んでいた。

「あ、おかえりなさい」
「あ、あぁ…ただいま。」

私に気づいてニコッと笑った仁花は、「お邪魔してます!」とビシッと姿勢を正して言った。

「あ、うん。どうぞ。」

制服からスエットに着替えて、カバンからテスト結果表を机に取り出した。

仁花もそれを見ていたようで、ルールブックをテーブルに置くと、ガサガサと結果表をテーブルに置いた。


「衣織いざ!」
「フッフッフッ、受けてたとう!」

「せーの!」と声を合わせて、突き出した二枚の成績表。

5教科で489点か…ほぉー、これはこれでなかなか。

先週期末テストがすべて終わり、今週には全てのテスト用紙が返却され、5教科の合計と平均、順位が出された紙が配布された。
2人で各点数を見比べる。

「くぅぅ!また負けたー!」
「イェーイ」
「くぅぅっ、悔しいぃぃ!」

はっはっはっとテスト結果の用紙をセンスがわりにして、ヒラヒラと扇ぎながら椅子に踏ん反り返る私は、くっと悔しそうに結果用紙を握りしめて、床にうずくまる仁花を見下ろす。

「でも、英語は勝ったもんねー」
「た、たった2点差だしー!」
「されど2点差だよ!!」

ふふーん!とドヤ顔をする仁花に、いつのまにか今度は、私が悔しがる番になっていた。

「べ、別に悔しくなんかないもんねー」
「顔に出てますぞ、衣織。」
「くっ…。」

胸を押さえて苦しそうにすれば、仁花はケラケラと笑った。

「というかさー、明日の朝東京に出発するんでしょ?ここにいていいの?」

ピタッと顔を強張らせ、明らかに動揺し始めた彼女にあ。と思った。

「…泊まってっていい?」
「え、ここから遠征行く気?」
「うん…ダメ、かな?」
「いや、いいけどさー」

「おばさんには言ったの?そもそも寝不足とかになったら…」と、心配する私をよそに、仁花は最後まで話を聞く気は無かったようで、持ってきたスーツケースからジャージを取り出し、いそいそと着替えをしはじめた。

「…え?」

早くね?

「あ!お菓子もね、持ってきたんだ!」

ほら!と、アルファートやらポテチやらをカバンから取り出す仁花にため息をつく。もうカラ元気すぎて見てられない。

「いや、遠征中に先輩と食べなよ。つか早く寝ろ!」
「きき、緊張で、ねっ眠れそうになくて…」
「…だからウチに来たのか。」
「う、うん…」

「今日お母さんいなくて…」とモジモジしながら、急にネガティブオーラを出しそうになっている仁花。
大丈夫かよ、東京遠征。

「とりあえず、お風呂はいってきなよー、そしたらご飯にしよう。」
「シャ、シャチ!」

素早く立ち上がり敬礼すると、スーツケースから取り出したお風呂用具一式と着替えを抱えて、部屋から出て行く背中を見送った。世話の焼ける幼馴染だよ、まったく。
仁花が出て行ったばかりの扉から、入れ替わりに母が洗濯物を持って入ってきた。

「仁花、バレー部のマネージャーやるんだって?」
「お母さん、盗み聞きとか趣味悪過ぎ」
「円に聞いたのよ。
明日から東京らしいじゃない?あれで結構心配してんだから。」
「あー、おばさん昔から素直じゃないからね。」
「さて、テスト結果見せてみなさいよ」
「フッフッフ!聞いて驚け!」


翌日の早朝、仁花は眠そうな顔をしながらも、時間通りに我が家を出発した。
「お土産買ってくるから楽しみにしててね!」と手を振って出て行ったような気がするが、半分寝ていたせいでもしかしたらそれは夢だったかもしれない。

そのあとまんまと二度寝し、東京着を知らせる仁花からの連絡で目を覚ました。